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母を看取って気づいた、30年早く知りたかった3つのこと

ヨバナシ編集部 読了 約7分

5年の在宅介護の末に、母を看取りました。介護で削られ、看取って空白になった私が、いま振り返って思う『もっと早く知っていれば』の3つ。同じ道を歩む50代の娘へ、急ぎのメモを残します。

母が亡くなって、3ヶ月が経ちました。

70歳。要介護4。最後の5年は、私が在宅で介護しました。仕事を辞め、家族との時間を削り、自分の健康を犠牲にして。

母を看取った安堵と、空白と、後悔。「私の30代から60代までを、何に使ってきたんだろう」という、底のない問い。

これは、母を看取った55歳の娘が、30年早く知っておきたかった3つのことを、同じ道を歩み始める50代の方々に向けて綴る記録です。

1. 「親の介護は、家族で抱え込まない」

窓辺の朝

母が要介護2と認定された日、私は思いました。

「私が、最後まで母の面倒を見る」

それから5年。私は仕事を辞め、母の家に毎日通い、夜は実家に泊まる日も増えました。「親孝行」という言葉が、私の中で「義務」になっていたことに、当時は気づきませんでした。

何を間違えたか

地域包括支援センターのケアマネさんに、最初にこう言われました。

「お母様、デイサービスに通われたほうが、ご本人もご家族も楽になりますよ」

私は断りました。「母は他人と過ごすのを嫌がるから」「私が看たい」と。

その判断が、私の5年を、母の最後の5年を、両方とも辛くさせたと、今は思います。

何を知っておけばよかったか

  • デイサービス・ショートステイは「親を捨てる場所」ではない
  • 介護保険の在宅サービスを最大限使うことで、家族も親も穏やかに
  • 介護のプロに任せる時間と、家族として向き合う時間を分ける
  • 施設入所を最後まで遠ざけない。終の棲家として選ぶのも愛情

「親孝行」を「親の生活の質を高めること」と定義し直していたら、私は仕事も続けられたし、母ももっと笑っていられたかもしれない。

2. 「自分の老後の準備は、親の介護中から始める」

書類を整える静かな机

母の介護に5年を使った私は、自分の老後の準備を完全にゼロから始めなければならなくなりました。

50歳から55歳。人生で最も貯蓄ができ、自分の年金を増やせる5年間を、私は介護に費やしました。

介護離職した私の現実

  • 正社員時代の年収450万円 → パート復帰後 年収105万円
  • 厚生年金の積立中断 → 将来の年金が月3万円減
  • 退職金は受け取れず
  • 母の死後、自分の老後資金として残った貯蓄は600万円のみ

何を知っておけばよかったか

介護離職して後悔の記事で書いた5つの制度を、私は知っていれば使えていました:

  • 介護休業(最大93日、賃金67%給付)
  • 介護休暇(年5日)
  • 時短勤務・在宅勤務
  • 介護休業給付金

辞めずに5年乗り切る道は、ちゃんとあったのです。

そして何より、配偶者居住権年金分割相続放棄。これらの「親の死後」の制度を親が元気なうちに知っておけば、対応の幅がまったく違いました。

3. 「親と『最後の話』をしておく」

朝の光と紅茶

母が認知症で「私のことを娘と認識しなくなった」のは、亡くなる2年前でした。

私が「最後にちゃんと話せた」のは、要介護2の時期、3年前でした。

そのとき、私が母に聞かなかったこと:

  • どんな葬儀がいいか
  • お墓はどうしてほしいか
  • 遺品で誰に何を渡してほしいか
  • 後悔していることは何か
  • 私に伝えたいことは何か

母が認知症になってから、何を聞いても答えが返ってこなくなりました。私は、母の本当の希望を知らないまま、葬儀の段取りを決めていきました。

何を知っておけばよかったか

エンディングノートを早めに渡す

葬儀の費用と種類の記事でも触れましたが、エンディングノートには、本人の希望を書いてもらえます。60代のうちに、親に渡しておくべきでした。

「最後の話」は元気なうちに

「縁起でもない」と言われそうな話こそ、早めに切り出すべきだった。

「お母さん、最後はどう過ごしたい?」 「お葬式、家族葬がいい?」 「私に何か言いたいことある?」

これを聞ける機会は、親が元気なうちにしかない。

写真と動画を残す

何より後悔しているのは、母の元気な頃の動画がほぼないこと。声が、もう聞けない。元気な頃の母の声を、私は録音しておけばよかった。

母を看取って、いまの私

朝の余白

母が亡くなって3ヶ月。私はパートを週3日に増やし、月8万円の収入を得ています。年金は65歳から月12万円程度。月20万円で生活する見込みです。

夫はまだ働いていて、家計に大きな心配はありません。ただ、自分の人生を取り戻すまでに、まだ何年もかかると感じています。

それでも、後悔はしていない

母を看取ったこと自体は、後悔していません。最後の5年、母の隣にいられたことは、私の人生の財産です。

ただ、「もっと賢くやれた」という気持ちが、今も残ります。

同じ道を歩む50代のあなたへ

もし、いまあなたが親の介護を始めようとしている、または始まったばかりなら、聞いてください。

私が30年早く知っておきたかった3つを、もう一度。

1. 介護を家族で抱え込まない

  • デイサービス・ショートステイを最大限使う
  • 施設入所を「親不孝」と思わない、終の棲家として
  • ケアマネージャーを信頼する
  • 兄弟姉妹と分担する(兄弟姉妹で平等にする話

2. 自分の老後の準備を、介護中から始める

  • 仕事を辞めない(介護休業の制度を使う
  • 自分の年金・貯蓄を意識する
  • 親の財産・遺言を元気なうちに把握する

3. 親と「最後の話」を、元気なうちに

  • エンディングノートを渡す
  • 葬儀・墓・遺品の希望を聞く
  • 元気な親の声を録音、写真・動画を残す
  • 「ありがとう」を言える機会を増やす

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相談できる窓口

  • 地域包括支援センター(市区町村に必ずあり、無料)
  • ケアマネジャー:介護全般の相談
  • 法テラス:相続・遺言の法律相談
  • 認知症の人と家族の会:当事者・家族の支援団体

夜は、長い。 でも、夜が明けない朝は、ありません。

あなたの介護が始まる前に、または始まった今、 この記事の3つを、自分のメモに転記しておいてください。 3年後、5年後、私のように後悔しないために。


※本コラムは、ヨバナシ編集部が複数の50代女性への取材をもとに、フィクション化した一人称体験談です。プライバシー保護のため、登場人物・年齢・状況に修正を加えています。

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#60代 #親の死 #母娘