配偶者居住権の3つの落とし穴。60代妻が知っておくこと
夫の死後、自宅に住み続けられる『配偶者居住権』。2020年に新設されたばかりの制度ですが、実務ではほとんど使われていません。理由は施設入所時に売却できない、認知症で抹消できない、相続税が逆に高くなる、の3つの落とし穴。専門家見解をもとに、使うべきケース・避けるべきケースをまとめます。
「夫が亡くなっても、この家には住み続けたい」
60代・70代の妻にとって最大の不安が、夫の死後の住まいです。2020年4月から、その不安に応えるべく新設されたのが配偶者居住権という制度。
ただし、制度ができてから5年経っても、実務ではほとんど使われていません。理由はシンプルで、知ってからでないと「使ってよかった」と言えない落とし穴があるからです。
この記事では、配偶者居住権の仕組みと、60代妻が知っておくべき3つの落とし穴、使うべきケース・避けるべきケースを、税理士・弁護士見解をもとにまとめます。
全体像から把握したい方へ:この記事は「熟年離婚・夫婦」シリーズの一部です。離婚・卒婚・死別の判断、年金分割、住まい、弁護士の選び方までを8場面で整理した 熟年離婚を考えはじめた50〜60代女性の完全ガイド もあわせてどうぞ。
全体像から把握したい方へ:この記事は「相続」シリーズの一部です。元気なうちの3ステップ準備、遺言・家族信託、寄与分、相続放棄、葬儀・遺品整理までを8場面で整理した 60代から始める相続の完全ガイド もあわせてどうぞ。
配偶者居住権とは(民法改正2020年4月施行)
「自宅の所有権はもらわなくても、住み続けられる」権利
夫の死後、自宅を相続する場合、これまでは2つの選択肢しかありませんでした。
- A. 自宅の所有権を妻が相続:他の相続財産(預金など)を子に譲ることになり、生活費が足りなくなる
- B. 自宅を子に相続:妻は出て行かないといけない可能性
この板挟みを解決するために新設されたのが、配偶者居住権です。
仕組みはこうです:
- 自宅の所有権は子が相続
- 自宅に住み続ける権利(居住権)は妻が相続
- 妻は終身(または一定期間)この家に住み続けられる
- 預金など他の財産も、妻がより多く受け取れる
法務省の配偶者居住権ページで正式な解説が読めます。
落とし穴①:施設に入りたくなっても、家を売れない
現金化できない居住権
配偶者居住権は、他人に売ったり譲ったりできません。あくまで「あなた本人が住む権利」だから。
つまり、こうなります:
- 65歳で配偶者居住権を取得
- 75歳で要介護になって、有料老人ホームに入りたい
- 自宅を売って入居一時金1,500万円にあてたい
- しかし、所有権は子、居住権は自分で、売るためには両者の合意が必要
- 子が売却に反対、または合意してもタイミング・条件で揉める
円満相続税理士法人の解説でも、これが配偶者居住権が普及しない最大の理由として指摘されています。
落とし穴②:認知症になったら、抹消できない
配偶者居住権の抹消には本人の意思が必要
配偶者居住権を解除(抹消)するには、所有者と居住権者(あなた本人)の両方の意思表示が必要です。
ところが:
- 配偶者居住権を持つ妻が認知症で意思表示できない
- → 抹消登記ができない
- → 家を売却できない、賃貸にも出せない
- → 子が成年後見人を立てる必要が出るが、家裁の手続きで数ヶ月〜1年かかる
70代・80代で認知症が進行する確率を考えると、配偶者居住権は「将来の選択肢を狭める」リスクを持っています。
落とし穴③:相続税がかえって高くなることも
若い配偶者ほど評価額が高い
配偶者居住権の相続税評価額は、残存年数(あなたが何年住む見込みか)で計算されます。年齢が若いほど評価額が高くなります。
例えば:
- 60歳で配偶者居住権を取得 → 平均余命28年で計算 → 高評価
- 80歳で取得 → 平均余命12年 → 低評価
60代の比較的若い妻が取得すると、配偶者居住権だけで1,500万〜2,500万円の評価額になることも。
ここで問題:
- 配偶者控除(1.6億円まで非課税)を使えば、妻の相続税はかからない
- でも、自宅の所有権部分(子が相続)にも相続税はかかる
- 子の負担は、配偶者居住権を設定しなかった場合より高くなるケースがある
試算は必ず税理士に
具体的な税額は、ご家族の財産構成・地域・子の人数によって全く違います。必ず相続税専門の税理士にシミュレーションしてもらってください。
使うべきケース・避けるべきケース
使うべきケース(メリットが大きい)
- 預金がほぼなく、自宅が主な財産:妻の現金確保のために有効
- 子が複数で、自宅を売らずに分けたい:妻の住まい確保+子の相続分の両立
- 子と関係が良好で、将来の売却も話し合える:抹消の協力が見込める
避けるべきケース(落とし穴に該当)
- 将来、施設入所のため自宅を売る予定がある
- 子と関係が良くない、または再婚した妻と前婚の子の関係:抹消で揉める
- 配偶者控除で相続税ゼロになる規模:そもそも所有権を妻が取れば済む
- 若い60代で取得:評価額が高すぎて相続税負担増
配偶者居住権の代替案
代替案A:所有権を妻が相続(従来通り)
- シンプル、揉めない
- 預金が少ない場合は子が不満を持つ可能性
代替案B:所有権を子が相続+使用貸借契約
- 親子間で「妻が住み続ける」契約を交わす
- 法的拘束力は配偶者居住権より弱いが、家族関係が良好なら十分
- 抹消も柔軟、税負担も少ない
代替案C:自宅を売却+賃貸/公営住宅
- 売却益を妻の老後資金に
- 離婚後の住居記事で解説したUR・公営住宅と同じ選択肢
- 体力・気力があるうちに住み替える
相談できる窓口
- 司法書士:配偶者居住権の登記、相続関係書類の作成
- 税理士:相続税シミュレーション(配偶者居住権あり vs なし)
- 弁護士:相続人間の合意形成、調停
- 法テラス:収入条件で無料法律相談
- 法務省:配偶者居住権ページ:制度の公式解説
同じシリーズの他の話
- 遺品整理を業者に頼むといくら?一軒家3LDKで17〜50万、4LDKで22〜70万の相場と業者選び
- 親の借金、知ったその日から3ヶ月。相続放棄で兄弟にも『連絡すべき』理由
- 親がまだ元気なうちに。60代で始める『もめない相続』3ステップ(遺言・家族信託・預金調査)
- 13年介護した嫁の寄与分が『ゼロ』になった判例。認められる条件と証拠の残し方
関連記事
秘密会議のみなさんへ
- 配偶者居住権は「住み続ける権利」だが、売れない・抹消困難・税負担増の3つの罠
- 使うべきは「預金少・子と良好・自宅が主財産」のとき
- 避けるべきは「将来施設入所予定・子と関係難・若い60代」のとき
- 取得前に必ず税理士のシミュレーションを
- 代替案として「使用貸借」「売却+公営住宅」も選択肢
新しい制度=最善とは限りません。あなたの家族構成・将来計画に合った形を、専門家と一緒に決めてください。
※本記事は一般的な制度解説です。個別のご事情については、必ず司法書士・税理士・弁護士などの専門家にご相談ください。
この話を分かち合う