介護
自宅看取りを選んだ65歳、姑との最後の3週間
89歳の姑が末期がんと診断され、本人の希望で自宅看取りを選びました。義実家での最後の3週間、義父と夫と義妹とわたしの4人で交代しながら、姑のそばにいた日々の話。後悔したこと、よかったこと、訪問看護師さんからの大事な助言を、65歳の今、書き残します。
COLUMN — 夜の長文
実用情報ではなく、誰かの夜の独白を。
編集を控えめにした、生々しい体験談だけを集めています。
介護
89歳の姑が末期がんと診断され、本人の希望で自宅看取りを選びました。義実家での最後の3週間、義父と夫と義妹とわたしの4人で交代しながら、姑のそばにいた日々の話。後悔したこと、よかったこと、訪問看護師さんからの大事な助言を、65歳の今、書き残します。
姑・嫁
孫の小学校の運動会で、わたしと夫、義姉夫婦、義姉の長女夫婦と、その孫(姪の子)の7人が、ひとつのレジャーシートに並んで座りました。義姉と並んで座るのは、30年の結婚生活で初めて。その3時間で、義姉と初めて、義両親が亡くなった後の話をできた、ある秋の日の記録です。
介護
82歳の母は、認知症ではない、ですが、明らかに以前と違う。病院では『年齢相応』と言われ、はっきりした診断はつかない、いわゆるグレーゾーンの2年。62歳の娘のわたしが、毎週通いながら、母の小さな変化を3つの観点で観察してきた記録です。
姑・嫁
結婚して35年、毎年お盆と正月には、夫の実家に2泊3日で通ってきました。ところが、ある年の夏、お盆の前に、急にしんどくなって、夫に『今年は、行きたくない』と切り出しました。58歳のわたしが、35年続けてきた習慣を、ひとつ手放した夏の話を、お伝えします。
友人関係
20年ぶりに会った大学時代の親友が、わたしの家に1泊しました。その夜、リビングで日付が変わるまで話した、20年で初めて語った話。62歳のわたしと、彼女が、お互いの『隠してきたこと』を、初めて吐き出した夜の記録です。
介護
85歳の父が亡くなった日の夜、わたしと80歳の母は、なぜか、台所にふたりで立っていました。葬儀社の手続きが終わって、家に戻った夜の8時から10時までの2時間。何かを作ろうとしていたわけではなく、ただ、ふたりで立っていたかったのです。あの夜の話を、3年たった今、書きます。
夫婦
夫が65歳で定年退職する日の朝、わたしは3つのものを、ひっそりと用意しました。お赤飯でも、花束でも、退職祝いの品でもない、3つのもの。35年連れ添った夫の、この先の暮らしを、わたしなりに支えたかったのです。退職から1年たって、その3つが、本当に役立ったかを、振り返って書きます。
相続
わたしの実家の隣に住んでいた、仲のよかった3姉妹。お母様が亡くなって、3人は相続を巡って争い、いまは10年、誰も連絡を取っていません。隣で20年見続けてきたわたしが、何を学んだか。65歳のわたし自身の相続準備に活かしている、3つの教訓をお伝えします。
介護
85歳の父の介護をめぐって、わたしと兄は2年間、口を聞かなくなりました。介護負担、お金、施設入居、すべてで意見が合わなかった2年。最後にわたしたち兄妹を和解させてくれたのは、父の最後のひと言でした。介護で兄弟と揉めている60代の方に、ひとつの記録として残します。
姑・嫁
義実家での集まりの帰り際、義妹がぽつりと『お姉さんは恵まれてるね』と言いました。一瞬、嫌味に聞こえた言葉が、何ヶ月もわたしの胸に残り、半年たって、ようやく義妹の本当の気持ちに気づいた話です。義妹との関係に悩む60代妻に、ひとつの記録として。
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