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コラム

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義実家への帰省を半分に減らした年、夫婦で決めたこと

ヨバナシ編集部 読了 約6分

結婚して30年、毎年お盆と正月、必ず義実家に2泊3日で帰省してきた、わたしと夫。30年目の年、わたしから夫に、お盆の帰省を欠席したいと伝えました。そこから、夫と一緒に決めた、新しい義実家への関わり方。31年目以降、わたしたちが続けている、年に1回だけの帰省と、その代わりに始めたことを、お伝えします。

結婚して30年、わたしと夫は、毎年、お盆と正月、必ず、義実家に、2泊3日で、帰省していました。

合計、年に4泊8日。

これが、35年連れ添ったわたしの、毎年の、心の重荷でも、ありました。

別記事(お盆に夫の実家へ行くのが、しんどくなった年のこと)に書いた、わたしの「しんどい」を、夫に、伝えた年。

それが、結婚30年目の、夏でした。

夫に「今年のお盆、わたし、行きたくない」と、伝えて、夫が「ひとりで行く」と、受け入れてくれた。

その出来事から、わたしと夫は、義実家との関わり方を、根本的に、見直しました。

そして、31年目以降、年4泊から、年2泊に、帰省を、半分に、減らしました。

今日は、その「半分にした」あとに、夫と一緒に決めた、新しい関わり方と、その代わりに始めたことを、お伝えします。

「義実家への帰省が、しんどい」と、感じている方に、ひとつの参考として、お読みいただければと思います。

夫と決めた、新しい義実家への関わり方

30年目の夏、夫がひとりで、義実家に、お盆の帰省をしてくれた、その秋。

わたしと夫は、リビングで、ゆっくり、話し合いました。

「来年から、義実家への帰省を、どうするか」、です。

結論として、わたしたちが、決めたのは、こうでした。

お盆: わたしは欠席、夫だけが、1泊2日で帰省

お盆は、わたしが、行きません。 夫だけが、土曜日に出発、日曜日に戻る、1泊2日で、行きます。

夫が、義両親と、過ごしてくれる。 わたしは、自分の家で、ゆっくり、過ごす。

これだけで、わたしの夏の負担は、ぐっと、軽くなりました。

正月: ふたりで、1泊2日で帰省(短縮)

正月は、ふたりで、いっしょに、行きます。 ただ、これまでの2泊3日から、1泊2日に、短縮。

1月1日の朝に出発、1月2日の夜に戻る。

これで、わたしも、夫も、心と体への負担が、ぐっと、減りました。

義両親の体調に応じて、夫だけ追加で帰省

義両親の体調が悪いときは、夫が、ひとりで、追加で、帰省します。 わたしは、家で、夫を、見送る役。

このルールで、義両親への心配も、夫が、ちゃんと、応えられます。

結果: 年に4泊8日 → 年に2泊(夫1泊+ふたり1泊)

数字にすると、こうです。

  • 帰省日数: 8日 → 4日(半分以下)
  • わたしの帰省日数: 8日 → 2日(4分の1)

帰省の総時間が、大幅に、減りました。

半分にした、代わりに、始めたこと

ただし、帰省を、半分にした、というだけでは、義両親を、ないがしろにしている、ことになります。

ですから、わたしと夫は、半分にした「代わり」に、4つのことを、新しく、始めました。

始めたこと① 月1回、夫が義両親に、電話

毎月、月初の日曜日の夕方、夫が、義両親に、電話します。 電話は、15分くらい。

「お父さん、お母さん、元気?」 「うん、なんとかね。お前は?」 「俺もだ。今月の予定はね…」

こんな、軽い会話を、月1回、するだけ。

ですが、義両親にとっては、月1回の、息子からの電話が、大きな支えに、なっているそうです。

始めたこと② わたしから、季節のハガキを送る

帰省を、減らした分、わたしから、義両親に、季節のハガキを、送るように、なりました。

年に4回、季節の変わり目に、絵葉書を、1枚ずつ。

書く内容は、シンプル。

「お父さま、お母さま。お元気ですか。 こちらは、最近、桜が満開になりました。 お変わりなく、お過ごしください。 由紀子」

これだけ、です。

ですが、義両親は、わたしの絵葉書を、玄関に、ずっと飾ってくださっている、と、夫から、聞きました。

始めたこと③ 夫が、義姉と、月1回のメッセージ

夫が、義姉(夫の姉)と、月1回、ショートメッセージで、義両親の様子を、確認するように、なりました。

義姉は、義実家から、車で30分のところに、住んでいます。 週1〜2回、義実家に、顔を出してくれています。

夫が、義姉から、義両親の最近の様子を、月1回、聞く。

これで、わたしと夫は、義両親の状況を、いつも、ぼんやり、把握できます。

始めたこと④ 義両親の誕生日に、お花を、贈る

毎年、義父と義母の、誕生日に、お花を、わたしと夫の名前で、送るように、なりました。

帰省はしなくても、お花を、贈ることで、わたしたちが、義両親のことを、思っていることを、伝える。

これも、義両親には、とても、喜ばれています。

1年経って、義両親の反応

最初の年、義両親が、わたしの欠席について、どう、感じるか、わたしは、心配していました。

「嫁が、来なくなった」と、義両親が、悲しく思っているのではないか。 「嫁は、わたしたちを、避けている」と、義両親が、わたしに、不満を、抱いているのではないか。

ですが、結果として、義両親は、こう、言ってくれたそうです。

夫が、お盆に、ひとりで、帰省したとき、義母が、夫に、こう、話してくれました。

「由紀子さんは、無理しなくていいって、伝えてね」 「あの子、ずっと、わたしたちのために、無理してきたから」 「年に1回(正月)、来てくれるだけで、十分」 「絵葉書も、毎回、本当にうれしい」

別記事(父の日に夫が義父にしなくなった電話を、わたしが見ていた)にも書いた、義母の優しさ。

義両親は、わたしの「無理」を、ちゃんと、見てくれていたのです。

そして、帰省の回数より、月1回の電話や、季節のハガキ、誕生日のお花、こういう「日常的なつながり」のほうを、大事に、思ってくださっていた。

これは、わたしには、本当に、ありがたい、発見でした。

30年で、わたしと夫が、見つけた「ちょうどよい関係」

帰省を、半分に、減らして、4つの新しいことを、始めて、わたしと夫は、義両親との「ちょうどよい関係」を、ようやく、見つけました。

それは、こうです。

  • 物理的な「帰省」は、年2泊だけ
  • 月1回の電話で、つながりを保つ
  • 季節のハガキで、思いを、伝える
  • 誕生日のお花で、特別な気持ちを、贈る
  • 緊急時は、夫が、追加で、帰省

これで、わたしの負担が、半分以下になり、義両親との関係は、むしろ、深く、なりました。

35年連れ添って、わたしと夫が、ようやく見つけた、義両親との関係の、新しいかたち、です。

同じ悩みを持つ方へ

もし、いま、義実家への帰省が、しんどい、と感じている方が、いらっしゃるなら、申し上げたいことが、3つあります。

ひとつめ: ご主人に、本音を、伝える

「帰省が、しんどい」を、ご主人に、はっきり、伝えてください。

ご主人は、たぶん、あなたの「しんどさ」を、35年、知らずに、生きてきたかも、しれません。 伝えれば、ご主人も、たぶん、ちゃんと、聞いてくれます。

少なくとも、わたしの夫は、そうでした。

ふたつめ: 帰省を、減らすときは、別の「つながり方」を、始める

帰省を、減らすだけ、では、義両親を、ないがしろに、することに、なります。

電話、ハガキ、お花、メッセージ。 別の「つながり方」を、新しく、始めてください。

これがあるから、帰省を、減らしても、義両親との関係が、ちゃんと、続きます。

みっつめ: 義両親は、たぶん、あなたの「無理」を、見ている

義両親は、嫁の「無理」を、ちゃんと、見てくれていることが、あります。

「嫁が、来ないと、悲しい」と、思っている、と思っていても、本当は、「嫁が、無理しなくていい」と、思っていることが、多い。

ご主人に、聞いてもらってください。 義両親の本音を。

きっと、義両親は、あなたの「無理」を、見てくれています。

さいごに

義実家への帰省を、半分に、減らした、その年。

わたしと夫は、ふたりで、いっしょに、決めて、新しいかたちを、ゆっくり、整えていきました。

その新しいかたちが、わたしと夫の、35年連れ添った関係も、変えてくれました。

夫が、わたしの「しんどい」を、ちゃんと、聞いてくれた。 わたしが、夫の「義両親への思い」を、ちゃんと、受け止めた。

ふたりで、ふたりの「新しいかたち」を、作る。

これが、35年連れ添った、夫婦の、深いところでの、信頼を、もう一度、整え直してくれました。

帰省を、半分にしたことは、わたしと夫の人生で、いちばん、よかった、決断のひとつ、に、なっています。

なお、義実家との関係は、ご家庭ごとに、本当に、違います。ご自分のペースで、ご家族と話し合いながら、無理ない範囲で、整えてみてください。

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