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義父からのお小遣い、35年でわかった本当の意味
結婚して35年、義父はわたしに、お盆と正月、必ず3,000円のお小遣いをくれました。最初は『嫁にお小遣いって、何?』と戸惑い、20年は単純な義務感だと思っていた、その3,000円の本当の意味が、義父が亡くなって、ようやくわたしに、伝わりました。義父との淡い35年が、最後に教えてくれた話を、書きます。
結婚して35年、義父は、わたしに、お盆と正月、必ず、3,000円のお小遣いを、くれました。
毎年、ぴったり、3,000円。 赤い紙袋に、入れて。
最初は、戸惑いました。 「嫁にお小遣いって、何?」と、思ったのです。
20年は、わたしは、この3,000円を、単純な義務感だと、思っていました。 義父が「嫁に渡すのが普通だから」と思って、なんとなく続けている、と。
ですから、わたしも、ぼんやりと、受け取って、ぼんやりと、お礼を言って、ぼんやりと、財布にしまっていました。
ところが、結婚30年を過ぎたあたりから、ふと、気づきました。
「義父は、なぜ、35年間、毎年、必ず、ぴったり3,000円を、わたしに、くれているのだろう」
そして、義父が88歳で亡くなって、ようやく、その意味が、わたしに、伝わりました。
今日は、その話を、書きたいと思います。
結婚した最初のお盆、義父から渡された3,000円
結婚した最初の年のお盆、義実家に、わたしと夫が、行きました。
義実家での夕食のあと、義父が、わたしに、こう言いました。
「由紀子さん」
そして、赤い紙袋を、わたしに、渡しました。
「これ、ちょっとした、お小遣いだ。お盆と正月だけ、これからな」
中には、3,000円が、新札で、入っていました。
わたしは、びっくりして、こう答えました。
「いえ、お義父さん、こんなの、本当に、いりません」
夫が、横から、こう言いました。
「お父さん、由紀子さんに、何を、はじめての……」
夫は、ちょっと困った顔で、わたしに、こう続けました。
「うちの父、なんかこういうの、好きなんだよ。受け取って、いいよ」
それで、わたしは、ぼんやりと、受け取って、ぼんやりと、お礼を、言いました。
「お義父さん、ありがとうございます」
これが、35年続く、わたしと義父の、お小遣いの始まりでした。
35年のあいだ、ずっと3,000円
不思議なことに、義父からのお小遣いは、35年間、ずっと、3,000円のままでした。
物価が上がっても。 わたしと夫の生活が、変わっても。 わたしと義父の年齢が、上がっていっても。
ずっと、3,000円。
わたしは、これを、義父の「変わらないやり方」だと、思っていました。
そして、35年、ぼんやり受け取り続けました。
結婚31年目、義父が、ぽつりと話してくれたこと
結婚31年目のお盆、義実家での夕食のあと、いつものように、義父が、赤い紙袋を、わたしに渡してくれました。
その夜、義父は、わたしの隣に座って、テレビをぼんやり見ながら、ぽつりと、こう話してくれました。
「由紀子さん」
「はい」
「あんたが、最初に、うちに嫁いできてくれた日、わたし、ちょっとだけ、気がかりだったの、知ってるか」
え、と、わたしは、義父の顔を、見ました。
「うちのお母さん(義母)、ちょっと、口がきつい人だったろう。あんたが、お母さんに何か言われたら、嫌だなあ、ってずっと、思ってたの」
「だから、お盆と正月、3,000円だけ、お小遣いとして、あんたに渡そう、って決めたの」
「『義父からの、ささやかな味方の印』として、3,000円を、35年、続けたの」
わたしは、しばらく、言葉が、出ませんでした。
35年、わたしの財布の中で、ぼんやり受け取っていた3,000円が、義父の「ささやかな味方の印」だった、ということが、その夜、初めて、わかったのです。
義父のお小遣いの、本当の意味
義父は、続けて、こう話してくれました。
「3,000円は、たいした額じゃない。でも、35年、毎年同じ額を続けることに、意味があるんじゃないか、って、わたしは思ってたの」
「『お父さんは、ずっと、お前を、見てるからね』って、伝えたかったの」
「お母さんが、ちょっとお前にきついことを言ったとき、わたしの3,000円が、お前の心の、ささやかな、お守りに、なれたら、と思ってたの」
義父の声は、優しく、ゆっくりでした。
わたしは、その夜、義父の隣で、しばらく、泣きました。
35年、わたしは、義父からの3,000円を、ぼんやり受け取っていただけでした。
ですが、義父は、35年、わたしのことを、ちゃんと、見ていてくれたのです。
そして、義母とわたしの関係を、義父なりに、後ろから、ささえてくれていたのです。
それから、義父との関係が、深まった
その夜以来、わたしと義父の関係は、ずいぶん、変わりました。
わたしは、義父のお小遣いを、これまでより、ずっと、大事に、受け取るように、なりました。
そして、その3,000円を、夫にも、息子にも、誰にも言わずに、自分の中の「お守り」として、引き出しの一番奥に、しまうように、しました。
義実家での集まりでも、義父の隣に、わたしから、座るようになりました。
義父の好きなお酒(日本酒)を、わたしから、注ぐようになりました。
義父の話を、これまでより、ずっと、ゆっくり、聞くようになりました。
そして、義父が、わたしに、若い頃の話、母(義母)との結婚生活の話、わたしの息子(義父の孫)の話、いろんなことを、話してくれるようになりました。
「気がかり」を伝えてくれた、あの夜以来、義父は、わたしに、心を、開いてくれたのです。
義父が亡くなって、35年の3,000円を、引き出しから出した
義父が、亡くなったのは、結婚34年目の春でした。
葬儀のあと、家に帰って、わたしは、引き出しの一番奥から、35年分の3,000円を、取り出しました。
ぜんぶで、約20万円(年6,000円×35年=21万円、ですが、わたしが使ったり、引き出しに入れ忘れたものを除くと、約20万円)。
35年、義父が、わたしのために、わたしに渡し続けてくれた、お小遣い。
わたしは、それを、すべて、3つに、分けました。
ひとつめ、夫と一緒に、義父のお墓に、お花を、お供えする費用に。 ふたつめ、義母の介護施設への、ささやかな差し入れに(義母も、その後施設に入りました)。 みっつめ、わたしの息子の、結婚祝いに(これは、義父が亡くなった2年後、息子が結婚したときに、使いました)。
35年分の3,000円が、こうして、義父の願い通り、家族の中で、ぐるりと、回りました。
これが、義父からの、最後の贈り物に、なりました。
義父との35年で、わたしが学んだこと
義父との35年で、わたしが学んだのは、こうです。
「淡い関係でも、長く続けば、深い意味が、ある」
わたしと義父の関係は、結婚から30年、本当に、淡いものでした。
ですが、義父が、毎年3,000円を、35年続けてくれたことで、わたしと義父の間には、ずっと、見えない、温かい糸が、繋がっていたのです。
その糸が、結婚31年目に、ようやく、わたしに、見えました。
そして、義父が亡くなったあとも、その糸は、わたしの中に、しっかり、残っています。
同じ「淡い義父」を持つ方へ
もし、いま、義父との関係が、淡い、そう感じている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、ひとつあります。
義父からの、何気ない、小さな贈り物や、行動に、もしかしたら、義父の「ささやかな味方の印」が、隠されているかもしれません。
35年経って、ようやく、義父が話してくれることも、あります。
ですから、義父からの、小さな贈り物を、ぼんやり受け取らずに、ちゃんと、ありがたく、受け取ってください。
そして、義父が、ふと、何かを話そうとしたら、ゆっくり、聞いてあげてください。
35年の淡い関係の奥に、義父なりの、35年の見守りが、あるかもしれません。
少なくとも、わたしの義父は、35年、わたしを、見守ってくれていました。
それを、わたしが知ったのは、義父が亡くなる、3年前。
「3年前で、間に合った」と、いまでも、わたしは、思っています。
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