介護
父が亡くなった日、母とふたりで台所に立った2時間
85歳の父が亡くなった日の夜、わたしと80歳の母は、なぜか、台所にふたりで立っていました。葬儀社の手続きが終わって、家に戻った夜の8時から10時までの2時間。何かを作ろうとしていたわけではなく、ただ、ふたりで立っていたかったのです。あの夜の話を、3年たった今、書きます。
COLUMN — 夜の長文
実用情報ではなく、誰かの夜の独白を。
編集を控えめにした、生々しい体験談だけを集めています。
介護
85歳の父が亡くなった日の夜、わたしと80歳の母は、なぜか、台所にふたりで立っていました。葬儀社の手続きが終わって、家に戻った夜の8時から10時までの2時間。何かを作ろうとしていたわけではなく、ただ、ふたりで立っていたかったのです。あの夜の話を、3年たった今、書きます。
夫婦
夫が65歳で定年退職する日の朝、わたしは3つのものを、ひっそりと用意しました。お赤飯でも、花束でも、退職祝いの品でもない、3つのもの。35年連れ添った夫の、この先の暮らしを、わたしなりに支えたかったのです。退職から1年たって、その3つが、本当に役立ったかを、振り返って書きます。
相続
わたしの実家の隣に住んでいた、仲のよかった3姉妹。お母様が亡くなって、3人は相続を巡って争い、いまは10年、誰も連絡を取っていません。隣で20年見続けてきたわたしが、何を学んだか。65歳のわたし自身の相続準備に活かしている、3つの教訓をお伝えします。
介護
85歳の父の介護をめぐって、わたしと兄は2年間、口を聞かなくなりました。介護負担、お金、施設入居、すべてで意見が合わなかった2年。最後にわたしたち兄妹を和解させてくれたのは、父の最後のひと言でした。介護で兄弟と揉めている60代の方に、ひとつの記録として残します。
姑・嫁
義実家での集まりの帰り際、義妹がぽつりと『お姉さんは恵まれてるね』と言いました。一瞬、嫌味に聞こえた言葉が、何ヶ月もわたしの胸に残り、半年たって、ようやく義妹の本当の気持ちに気づいた話です。義妹との関係に悩む60代妻に、ひとつの記録として。
楽しみ・ひとり時間
65歳。これからの15年、20年をどう生きるか、ふと不安になる夜があります。そんな夜、わたしを支えてくれる3つの言葉を、本やお寺で出会った時のエピソードとともにお伝えします。新しい言葉ではなく、昔からあった言葉が、60代になって初めて、わたしの心に届きました。
熟年離婚
60歳のとき、わたしは本気で熟年離婚を考えました。離婚相談所に2回行き、年金分割の試算もしました。それから3年。わたしはいま、夫と同じ家で暮らしています。離婚を決めなかった理由と、その代わりに3年で夫婦の何を変えたか、63歳のいま、振り返って書きます。
姑・嫁
結婚して20年、わたしと姑の関係は、ずっと冷たいものでした。お盆も正月も、必要最低限の会話で過ごしてきた相手が、認知症と診断されて1年。姑が、過去の言葉ではなく、いまの言葉で、わたしに『ありがとう』を初めて言った日のことを、忘れたくなくて書きました。
夫婦
結婚35年、定年退職した夫との会話が減って、何ヶ月も同じパターンの夜を繰り返していました。きっかけは、夫が始めた大河ドラマ。最初は付き合いで隣に座っただけのわたしが、半年たって気づいた、夫婦の会話の変化を、64歳の今、書きます。
相続
母が亡くなって2年。空き家になった実家を売るか残すか、わたしと妹で決めなければなりませんでした。築55年の家、3,000枚の家族写真、母の遺品、わたしと妹の思い出。ある夏の1日、わたしたちは実家のリビングで朝から夕方まで話し合い、ひとつの結論にたどり着きました。姉妹で決めた『売る』までの記録です。
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