ヨバナシ —女たちの秘密会議
コラム

= COLUMN =

実家を売ると決めた夏、姉妹で1日かけて話したこと

ヨバナシ編集部 読了 約7分

母が亡くなって2年。空き家になった実家を売るか残すか、わたしと妹で決めなければなりませんでした。築55年の家、3,000枚の家族写真、母の遺品、わたしと妹の思い出。ある夏の1日、わたしたちは実家のリビングで朝から夕方まで話し合い、ひとつの結論にたどり着きました。姉妹で決めた『売る』までの記録です。

母が亡くなって、2年が経ちました。

実家は、誰も住まないまま、空き家になっていました。

築55年。 郊外の住宅地にある、母が一人暮らしをしていた、2階建ての小さな家。

固定資産税が、毎年12万円。 水道とガスの基本料金が、毎月3,000円。 庭の草取りに、年4回、近所の方にお願いして、合計2万円。

「住んでいない家」に、年間20万円以上のお金が、ずっと出ていきました。

そして、それより重かったのは、わたしと妹の心の中の「あの家、どうしよう」という気持ちでした。

去年の夏、わたしたち姉妹は、実家のリビングで、朝9時から夕方5時まで、1日かけて話し合いました。

そして、「売る」と決めました。

今日は、その1日の話を、書き残しておきたいと思います。

わたしと妹の、住む場所と立場

わたしは長女、64歳。 車で1時間半のところに、夫と暮らしています。

妹は次女、61歳。 新幹線で4時間のところに、夫と娘夫婦と一緒に暮らしています。

実家から、わたしも妹も、どちらも遠いのです。

母が亡くなった日、わたしたちは「とりあえず、2年は空き家のままにしておこう」と決めました。

理由は、ふたつありました。

ひとつは、母の遺品をすぐに片付けるのが、つらかったこと。 もうひとつは、「もしかしたら、わたしか妹のどちらかが、いつか住むかもしれない」という、ぼんやりした可能性のためでした。

2年経って、その「いつか」は、来ないと、わたしも妹も、はっきり分かりました。

夫がリタイア後に田舎暮らしを始める可能性も、ゼロでした。 妹のところは、娘夫婦と同居していて、引っ越す予定もありません。

「いつか住む」は、結局、空き家を持ち続けるための、自分への言い訳だったのです。

1日の話し合いの、最初の1時間

去年の8月の暑い土曜日、わたしと妹は、実家のリビングで会いました。

エアコンを23度に効かせて、麦茶を飲みながら、最初の1時間、わたしたちは、何も切り出せませんでした。

「お父さん、お母さんが選んだ、最後に残った家」を、自分たちの代で手放すという話を、いきなり始めるのが、つらかったのです。

最初に切り出したのは、妹でした。

「お姉ちゃん、ねえ、もう決めようよ」

妹は、お茶を飲みながら、こう言いました。

「わたしたち、まだ60代だけど、これから10年経って、お互い70代になったら、もっと体力なくなるじゃない。この家を10年後、わたしたちで片付けるのは、無理だと思うの」

わたしも、そう思っていました。

ですが、わたしから言い出すのが怖かったのです。 「お姉ちゃんは家のことを大事にしない」と妹に思われるのが、嫌でした。

妹から切り出してくれて、わたしは初めて、本音を言えました。

「うん、わたしも、いまならまだ片付けられると思う。10年後は、本当に無理」

そこから、わたしたちの話は、ようやく前に進み始めました。

「売るか残すか」の前に、決めたこと

最初に決めたのは、「売るか残すか」ではありませんでした。

わたしと妹で決めたのは、「決めるためのルール」でした。

ルールは、3つでした。

ひとつめ、お互いに「お姉ちゃんがそう言うなら」「妹がそう言うなら」というのは、なし。 それぞれが、自分の本音で意見を言うこと。

ふたつめ、もし意見が分かれたら、第三者(税理士、不動産屋、または夫)に相談する。 姉妹だけで結論を出すと、感情で決めてしまう恐れがあるから。

みっつめ、決めたことは、その日のうちに紙に書いて、お互いにサインする。 あとから「やっぱり違うことにしたい」となると、お互い疲れるから。

このルールを最初に決めたことが、その日の話し合いを、すごく楽にしました。

姉妹の話し合いは、感情がからむと、本当にこじれます。 「ルール」を最初に決めておくと、感情を脇に置きやすかったのです。

売るかどうかの、判断基準

ルールを決めたあと、わたしたちは、紙に2つの選択肢を書き出しました。

選択肢A: 実家を売る 選択肢B: 実家を残す(別荘か、賃貸物件として活用)

それぞれの、メリットとデメリットを、付箋紙に書いて、リビングのテーブルに並べました。

選択肢A(売る)のメリット

  • 毎年20万円以上の固定費が消える
  • 売却益で、母の医療費の残りを精算できる
  • 10年後の片付けの心配がいらない
  • お墓のあるお寺さんに、寄付ができるかもしれない

選択肢A(売る)のデメリット

  • 母の家がなくなる、という喪失感
  • ご近所の方とのつながりが消える
  • 父との思い出の場所が、他人のものになる

選択肢B(残す)のメリット

  • 父母の家として、いつでも訪ねられる
  • もしかしたら、いつか家族の誰かが使うかもしれない
  • 母の遺品を、すぐに片付けなくていい

選択肢B(残す)のデメリット

  • 年間20万円以上のお金が、これからずっと出ていく
  • 築55年の家は、リフォームが必要な箇所が増えていく
  • 賃貸に出すなら、500万円以上のリフォーム費がかかる(不動産屋に事前に試算してもらいました)
  • 別荘として使うにしても、年に何回行けるかわからない
  • 10年後、わたしたちの体力が今より落ちる

付箋紙を並べてみると、メリットの数も、デメリットの数も、お互い拮抗していました。

ですが、デメリットの「重さ」が、明らかに違ったのです。

選択肢Bの「年間20万円が、これからずっと」と「10年後の片付けは無理」が、わたしたちにとっては、いちばん重いものでした。

妹が泣いた、午後3時の話

午後3時頃、麦茶を飲み終わって、お煎餅を食べ始めた時、妹が泣きました。

「お姉ちゃん、わたし、お母さんとここで、最後の話、できなかったんだよ」

妹は、母が亡くなる前の半年、仕事の都合で、実家にあまり来られませんでした。 わたしが、ほぼ毎週通っていたので、母との最後の会話は、ほとんどわたしが交わしていたのです。

「ここがもしなくなったら、わたし、お母さんのこと、忘れちゃう気がするの」

妹は、本当に、しゃくりあげながら、そう言いました。

わたしも、目が熱くなりました。

ですが、わたしは、しばらく考えてから、こう言いました。

「家は、なくなる。でも、わたしたちの記憶は、なくならない。それに、家がなくなっても、わたしたちは、お母さんの話を、いつでもできるんだよ」

妹は、しばらく泣いていました。

ティッシュを5枚使って、麦茶を3杯おかわりして、それから、こう言いました。

「うん、わかった。売ろう」

午後4時のことでした。

売ると決めたあとに、3つだけ残したもの

売ると決めたあと、わたしと妹は、家の中を歩いて、「これだけは、わたしたちで持ち帰ろう」というものを、3つだけ決めました。

ひとつめ、母の最後に使っていた茶碗とお椀。 ふたつめ、玄関に飾ってあった、両親の若い頃の写真の額。 みっつめ、リビングの本棚の、母の日記が3冊。

それぞれ、わたしと妹で分け合いました。

家全体の、その他の家具、家電、衣類、食器、本、書類は、すべて、業者さんにお願いして処分する、と決めました。

そして、もうひとつ、わたしたちが決めたのは、「写真は全部、デジタル化する」ことでした。

実家には、3,000枚以上の家族写真がありました。 これを物理的に保管するのは、もう無理でした。

そこで、業者さんに依頼して、すべての写真をスキャンしてデジタル化し、わたしと妹のクラウドストレージに保存することにしました。 費用は、約8万円でした。

写真がデジタルで残れば、いつでも、母と父の顔を見られます。

売却までの3ヶ月

姉妹で決めたあと、わたしたちが動き始めるまで、1ヶ月、心の整理の時間を持ちました。

その1ヶ月のあいだに、実家の処分を進めるための、専門家を3人、相談先に決めました。

ひとり目、不動産屋さん。 売却の手続きと、お客探しを依頼しました。

ふたり目、遺品整理業者さん。 家の中のすべての荷物の片付けを依頼しました(費用は約30万円)。

3人目、税理士さん。 売却益にかかる税金のことを、相談しました(費用は約5万円)。

専門家3人に依頼した結果、3ヶ月で、すべての手続きが終わりました。

姉妹2人だけでやっていたら、たぶん1年以上かかったと、いまは思います。

売却が終わって、9ヶ月

実家を売却して、9ヶ月が経ちました。

正直、いまでも、車で実家の近くを通ると、胸がぎゅっとなります。

ですが、その「ぎゅっ」は、最初の3ヶ月よりは、ずっと和らぎました。

そして、姉妹の関係は、売却前より、深くなったように感じます。

実家を一緒に売るという、人生の大きな決断を、わたしと妹は二人で乗り越えました。 これからの人生で、もし何かあったときに、「あのとき一緒にやれた」という記憶は、わたしたち姉妹を支えてくれると思います。

同じ場面に立つ方へ、お伝えしたいこと

実家を売るかどうかで悩んでいる60代の姉妹の方に、わたしの経験から、お伝えしたいことがあります。

ひとつめ、姉妹で1日、リビングで顔を合わせて、話し合うこと。 電話やLINEではなく、同じ場所で、顔を見ながら、話してください。これがいちばん大事です。

ふたつめ、最初に「決めるためのルール」を決めること。 本音を言う、第三者に相談する、紙に書いてサインする。この3つで、姉妹喧嘩のリスクが大きく減ります。

みっつめ、「いまの体力」と「10年後の体力」を、両方考えること。 いまできることが、10年後にできるとは限りません。60代のうちに決断するほうが、後々ラクです。

よっつめ、専門家を3人、必ず使うこと。 不動産屋さん、遺品整理業者さん、税理士さん。お金はかかりますが、姉妹だけでは絶対にできないことを、やってくれます。

実家を売るのは、寂しい決断です。

ですが、姉妹で一緒に決めることで、寂しさのなかに、姉妹の絆という、新しい何かが生まれます。

わたしは、母の家を失った代わりに、妹との関係を、もう一度、深く築き直すことができました。

それは、母が、最後にわたしたち姉妹にくれた、贈り物だったのかもしれません。

なお、不動産売却・遺品整理・相続税の手続きは、地域や個別の状況によって大きく異なります。実際の判断は、必ず不動産業者、税理士、司法書士など、専門の方にご相談ください。

= 関連する夜話 =

相続

実家を売って3年、姉妹で決めた『お母さん記念日』のこと

母が亡くなったあと、姉妹で実家を売却して、3年が経ちました。実家がなくなった寂しさを、わたしと妹で、ある方法で埋めています。それは、年に1回、ふたりで集まる『お母さん記念日』を、作ったこと。実家の代わりに、姉妹で築いた、新しい家族の場所の話を、お伝えします。

#60代 #実家 #姉妹

相続

60代の終活、わたしが始めたエンディングノート

65歳のわたしが、終活の第一歩として、エンディングノートを、書き始めました。何を書くのか、どこで手に入れるのか、遺言書との違い、書いてみて気づいたこと。終活を、難しく考えず、自分と家族のために始める方法を、公的な情報と一緒に、お伝えします。終活を考える方へ。

#60代 #終活 #エンディングノート

相続

相続した実家、空き家にしないために選んだ3つの道

母から相続した実家を、空き家のまま放置するか、悩んだ65歳のわたし。空き家問題のリスクを知り、3つの道(売る・貸す・活用する)を、ぜんぶ検討しました。それぞれのメリット・デメリット、わたしが最終的に選んだ道を、公的な情報と一緒に、お伝えします。実家の相続に悩む方へ。

#60代 #相続 #空き家

相続

お墓を継ぐ人がいない、わたしが選んだ墓じまい

65歳のわたしには、先祖代々のお墓を、継ぐ人がいません。息子は、海外で暮らし、お墓は守れない。3年悩んで、わたしは、墓じまいを、選びました。墓じまいの流れ、かかった費用、永代供養への切り替え、改葬の手続き、わたしが感じたことを、公的な情報と一緒に、お伝えします。

#60代 #墓じまい #永代供養