= COLUMN =
実家を売ると決めた夏、姉妹で1日かけて話したこと
母が亡くなって2年。空き家になった実家を売るか残すか、わたしと妹で決めなければなりませんでした。築55年の家、3,000枚の家族写真、母の遺品、わたしと妹の思い出。ある夏の1日、わたしたちは実家のリビングで朝から夕方まで話し合い、ひとつの結論にたどり着きました。姉妹で決めた『売る』までの記録です。
母が亡くなって、2年が経ちました。
実家は、誰も住まないまま、空き家になっていました。
築55年。 郊外の住宅地にある、母が一人暮らしをしていた、2階建ての小さな家。
固定資産税が、毎年12万円。 水道とガスの基本料金が、毎月3,000円。 庭の草取りに、年4回、近所の方にお願いして、合計2万円。
「住んでいない家」に、年間20万円以上のお金が、ずっと出ていきました。
そして、それより重かったのは、わたしと妹の心の中の「あの家、どうしよう」という気持ちでした。
去年の夏、わたしたち姉妹は、実家のリビングで、朝9時から夕方5時まで、1日かけて話し合いました。
そして、「売る」と決めました。
今日は、その1日の話を、書き残しておきたいと思います。
わたしと妹の、住む場所と立場
わたしは長女、64歳。 車で1時間半のところに、夫と暮らしています。
妹は次女、61歳。 新幹線で4時間のところに、夫と娘夫婦と一緒に暮らしています。
実家から、わたしも妹も、どちらも遠いのです。
母が亡くなった日、わたしたちは「とりあえず、2年は空き家のままにしておこう」と決めました。
理由は、ふたつありました。
ひとつは、母の遺品をすぐに片付けるのが、つらかったこと。 もうひとつは、「もしかしたら、わたしか妹のどちらかが、いつか住むかもしれない」という、ぼんやりした可能性のためでした。
2年経って、その「いつか」は、来ないと、わたしも妹も、はっきり分かりました。
夫がリタイア後に田舎暮らしを始める可能性も、ゼロでした。 妹のところは、娘夫婦と同居していて、引っ越す予定もありません。
「いつか住む」は、結局、空き家を持ち続けるための、自分への言い訳だったのです。
1日の話し合いの、最初の1時間
去年の8月の暑い土曜日、わたしと妹は、実家のリビングで会いました。
エアコンを23度に効かせて、麦茶を飲みながら、最初の1時間、わたしたちは、何も切り出せませんでした。
「お父さん、お母さんが選んだ、最後に残った家」を、自分たちの代で手放すという話を、いきなり始めるのが、つらかったのです。
最初に切り出したのは、妹でした。
「お姉ちゃん、ねえ、もう決めようよ」
妹は、お茶を飲みながら、こう言いました。
「わたしたち、まだ60代だけど、これから10年経って、お互い70代になったら、もっと体力なくなるじゃない。この家を10年後、わたしたちで片付けるのは、無理だと思うの」
わたしも、そう思っていました。
ですが、わたしから言い出すのが怖かったのです。 「お姉ちゃんは家のことを大事にしない」と妹に思われるのが、嫌でした。
妹から切り出してくれて、わたしは初めて、本音を言えました。
「うん、わたしも、いまならまだ片付けられると思う。10年後は、本当に無理」
そこから、わたしたちの話は、ようやく前に進み始めました。
「売るか残すか」の前に、決めたこと
最初に決めたのは、「売るか残すか」ではありませんでした。
わたしと妹で決めたのは、「決めるためのルール」でした。
ルールは、3つでした。
ひとつめ、お互いに「お姉ちゃんがそう言うなら」「妹がそう言うなら」というのは、なし。 それぞれが、自分の本音で意見を言うこと。
ふたつめ、もし意見が分かれたら、第三者(税理士、不動産屋、または夫)に相談する。 姉妹だけで結論を出すと、感情で決めてしまう恐れがあるから。
みっつめ、決めたことは、その日のうちに紙に書いて、お互いにサインする。 あとから「やっぱり違うことにしたい」となると、お互い疲れるから。
このルールを最初に決めたことが、その日の話し合いを、すごく楽にしました。
姉妹の話し合いは、感情がからむと、本当にこじれます。 「ルール」を最初に決めておくと、感情を脇に置きやすかったのです。
売るかどうかの、判断基準
ルールを決めたあと、わたしたちは、紙に2つの選択肢を書き出しました。
選択肢A: 実家を売る 選択肢B: 実家を残す(別荘か、賃貸物件として活用)
それぞれの、メリットとデメリットを、付箋紙に書いて、リビングのテーブルに並べました。
選択肢A(売る)のメリット
- 毎年20万円以上の固定費が消える
- 売却益で、母の医療費の残りを精算できる
- 10年後の片付けの心配がいらない
- お墓のあるお寺さんに、寄付ができるかもしれない
選択肢A(売る)のデメリット
- 母の家がなくなる、という喪失感
- ご近所の方とのつながりが消える
- 父との思い出の場所が、他人のものになる
選択肢B(残す)のメリット
- 父母の家として、いつでも訪ねられる
- もしかしたら、いつか家族の誰かが使うかもしれない
- 母の遺品を、すぐに片付けなくていい
選択肢B(残す)のデメリット
- 年間20万円以上のお金が、これからずっと出ていく
- 築55年の家は、リフォームが必要な箇所が増えていく
- 賃貸に出すなら、500万円以上のリフォーム費がかかる(不動産屋に事前に試算してもらいました)
- 別荘として使うにしても、年に何回行けるかわからない
- 10年後、わたしたちの体力が今より落ちる
付箋紙を並べてみると、メリットの数も、デメリットの数も、お互い拮抗していました。
ですが、デメリットの「重さ」が、明らかに違ったのです。
選択肢Bの「年間20万円が、これからずっと」と「10年後の片付けは無理」が、わたしたちにとっては、いちばん重いものでした。
妹が泣いた、午後3時の話
午後3時頃、麦茶を飲み終わって、お煎餅を食べ始めた時、妹が泣きました。
「お姉ちゃん、わたし、お母さんとここで、最後の話、できなかったんだよ」
妹は、母が亡くなる前の半年、仕事の都合で、実家にあまり来られませんでした。 わたしが、ほぼ毎週通っていたので、母との最後の会話は、ほとんどわたしが交わしていたのです。
「ここがもしなくなったら、わたし、お母さんのこと、忘れちゃう気がするの」
妹は、本当に、しゃくりあげながら、そう言いました。
わたしも、目が熱くなりました。
ですが、わたしは、しばらく考えてから、こう言いました。
「家は、なくなる。でも、わたしたちの記憶は、なくならない。それに、家がなくなっても、わたしたちは、お母さんの話を、いつでもできるんだよ」
妹は、しばらく泣いていました。
ティッシュを5枚使って、麦茶を3杯おかわりして、それから、こう言いました。
「うん、わかった。売ろう」
午後4時のことでした。
売ると決めたあとに、3つだけ残したもの
売ると決めたあと、わたしと妹は、家の中を歩いて、「これだけは、わたしたちで持ち帰ろう」というものを、3つだけ決めました。
ひとつめ、母の最後に使っていた茶碗とお椀。 ふたつめ、玄関に飾ってあった、両親の若い頃の写真の額。 みっつめ、リビングの本棚の、母の日記が3冊。
それぞれ、わたしと妹で分け合いました。
家全体の、その他の家具、家電、衣類、食器、本、書類は、すべて、業者さんにお願いして処分する、と決めました。
そして、もうひとつ、わたしたちが決めたのは、「写真は全部、デジタル化する」ことでした。
実家には、3,000枚以上の家族写真がありました。 これを物理的に保管するのは、もう無理でした。
そこで、業者さんに依頼して、すべての写真をスキャンしてデジタル化し、わたしと妹のクラウドストレージに保存することにしました。 費用は、約8万円でした。
写真がデジタルで残れば、いつでも、母と父の顔を見られます。
売却までの3ヶ月
姉妹で決めたあと、わたしたちが動き始めるまで、1ヶ月、心の整理の時間を持ちました。
その1ヶ月のあいだに、実家の処分を進めるための、専門家を3人、相談先に決めました。
ひとり目、不動産屋さん。 売却の手続きと、お客探しを依頼しました。
ふたり目、遺品整理業者さん。 家の中のすべての荷物の片付けを依頼しました(費用は約30万円)。
3人目、税理士さん。 売却益にかかる税金のことを、相談しました(費用は約5万円)。
専門家3人に依頼した結果、3ヶ月で、すべての手続きが終わりました。
姉妹2人だけでやっていたら、たぶん1年以上かかったと、いまは思います。
売却が終わって、9ヶ月
実家を売却して、9ヶ月が経ちました。
正直、いまでも、車で実家の近くを通ると、胸がぎゅっとなります。
ですが、その「ぎゅっ」は、最初の3ヶ月よりは、ずっと和らぎました。
そして、姉妹の関係は、売却前より、深くなったように感じます。
実家を一緒に売るという、人生の大きな決断を、わたしと妹は二人で乗り越えました。 これからの人生で、もし何かあったときに、「あのとき一緒にやれた」という記憶は、わたしたち姉妹を支えてくれると思います。
同じ場面に立つ方へ、お伝えしたいこと
実家を売るかどうかで悩んでいる60代の姉妹の方に、わたしの経験から、お伝えしたいことがあります。
ひとつめ、姉妹で1日、リビングで顔を合わせて、話し合うこと。 電話やLINEではなく、同じ場所で、顔を見ながら、話してください。これがいちばん大事です。
ふたつめ、最初に「決めるためのルール」を決めること。 本音を言う、第三者に相談する、紙に書いてサインする。この3つで、姉妹喧嘩のリスクが大きく減ります。
みっつめ、「いまの体力」と「10年後の体力」を、両方考えること。 いまできることが、10年後にできるとは限りません。60代のうちに決断するほうが、後々ラクです。
よっつめ、専門家を3人、必ず使うこと。 不動産屋さん、遺品整理業者さん、税理士さん。お金はかかりますが、姉妹だけでは絶対にできないことを、やってくれます。
実家を売るのは、寂しい決断です。
ですが、姉妹で一緒に決めることで、寂しさのなかに、姉妹の絆という、新しい何かが生まれます。
わたしは、母の家を失った代わりに、妹との関係を、もう一度、深く築き直すことができました。
それは、母が、最後にわたしたち姉妹にくれた、贈り物だったのかもしれません。
なお、不動産売却・遺品整理・相続税の手続きは、地域や個別の状況によって大きく異なります。実際の判断は、必ず不動産業者、税理士、司法書士など、専門の方にご相談ください。
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