= COLUMN =
相続争いで姉妹が会わなくなった、隣の家の話を聞いて
わたしの実家の隣に住んでいた、仲のよかった3姉妹。お母様が亡くなって、3人は相続を巡って争い、いまは10年、誰も連絡を取っていません。隣で20年見続けてきたわたしが、何を学んだか。65歳のわたし自身の相続準備に活かしている、3つの教訓をお伝えします。
わたしの実家の隣に、3姉妹のお家がありました。
長女は、母より少し下、いま70代後半。 次女は、わたしと同じくらい、いま65歳。 三女は、わたしより5歳下、いま60歳。
3姉妹は、母どうしが仲よくしていたこともあって、わたしの子どもの頃から、よくお互いの家を行き来していました。
3姉妹は、本当に仲がよかったのです。 お正月、お盆、母の日、必ず3人で集まって、笑い声が、隣まで聞こえていました。
ところが、3姉妹のお母様が10年前に亡くなったあと、3人は、相続を巡って争い、いまは、ほぼ縁を切った状態です。
10年、誰も、誰とも、連絡を取っていません。
わたしは、その10年を、隣で、ずっと見てきました。
そして、65歳の今、わたしは、自分自身の相続のことを、考えています。
子どもふたりに、こういう争いを、絶対にさせたくない。
3姉妹の10年から、わたしが学んだ3つの教訓を、書き残しておきます。
お母様が亡くなった、最初の年
3姉妹のお母様は、85歳で、お家でお風呂に入っているときに、倒れたそうです。
救急車で運ばれましたが、その日のうちに、亡くなられました。
葬儀の日、わたしも参列しました。 3姉妹が、ぴったり、お互いの肩を抱き合うようにして、棺の前で泣いていたのを、いまも、よく覚えています。
その葬儀の日、わたしは、3姉妹の絆が、これからもっと深まるだろう、と思いました。
ところが、半年後、空気が、変わり始めました。
きっかけは「実家を、誰が継ぐか」だった
3姉妹のお家は、駅から徒歩7分の、土地約60坪の戸建てでした。
長女は、結婚して、車で1時間離れた場所に住んでいました。 次女は、3姉妹のお家から徒歩10分のところに、嫁ぎ先と暮らしていました。 三女は、夫の転勤で、地方都市に住んでいました。
つまり、いちばん近いのは、次女でした。
ところが、長女が、こう言い出したのです。
「実家は、わたしが継ぐ。長女だから」
理由は、長女の主張では、「長女が家を継ぐのが、当然」「お母さんも、それを望んでいたはず」とのことでした。
次女と三女は、「お母さんは、はっきりそんなこと言ってない」「3人で平等に分けるべき」と反対しました。
ここから、3姉妹の言い争いが、始まりました。
1年後、実家の前で、3人が口論した日
葬儀から1年後、夏のある日、わたしは自分の実家の庭で、洗濯物を干していました。
すると、隣の3姉妹のお家の前で、3人が、大きな声で、口論しているのが聞こえてきたのです。
長女の声:「わたしが、お父さんお母さんの面倒を、いちばん見てきた」
次女の声:「何言ってるの。最近10年、お母さんの病院に通ってたのは、わたしだけよ」
三女の声:「お姉ちゃんも、お姉ちゃんも、自分の話ばっかり。お母さんが言ってたことを、ちゃんと思い出してよ」
3人の声は、街中まで響いていました。
近所の人が、何人か、立ち止まって、聞いていました。
わたしは、洗濯物を干す手を止めて、家のなかに入りました。 聞いてはいけない話だ、と感じたのです。
それから、3人は弁護士を立てて争った
その夏のあと、3姉妹は、それぞれ別の弁護士を立てて、争いを続けました。
実家の土地と建物の評価額、お母様の銀行口座、生命保険、宝石、家具、ぜんぶが、争いの対象になりました。
3年かかって、ようやく、調停で決着しました。
決着の内容は、わたしの母が、長女から聞いた話によると、こうでした。
- 実家は売却し、3等分する
- 銀行預金と保険金も、3等分する
- 母の遺品(着物、宝石など)は、それぞれが希望するものを話し合って分ける
形の上では、平等な3等分でした。
ですが、3姉妹の関係は、そこから、もう戻りませんでした。
7年経って、3姉妹の今
調停から7年、つまりお母様が亡くなって10年。
3姉妹は、いまも、互いに連絡を取っていません。
長女は、いま、認知症のお父様(三姉妹の父、生存中ですが、当時92歳で施設に入所、その後施設で亡くなりました)の葬儀のときも、次女・三女と一切話さなかったそうです。
次女は、いまも、3姉妹のお家があった場所の近くに住んでいます。 その土地は、すでに売却されて、知らない方が建てた新しい家が建っています。 次女は、その家の前を通るたびに、「もう30年もここに住んでいたのに、自分たちの実家がなくなった」と、つらい気持ちになる、と母に話していました。
三女は、いまでも地方都市に住んでいて、母の話によると、姉ふたりと完全に縁を切った、と。
3人とも、お互いを「もう、姉妹ではない」と感じています。
わたしが、隣で見て学んだ3つの教訓
10年、3姉妹の変化を、隣で見続けてきました。 そして、65歳のいま、わたし自身が、子どもふたりの母として、絶対にやっておくべきことを、3つ、決めました。
教訓① 「親の意向」を、紙に残してもらう
3姉妹の争いの中心には、いつも「お母さんは、どう望んでいたか」がありました。
長女は「長女が継ぐべき、と言っていた」 次女は「3人で平等に分ける、と言っていた」 三女は「次女が継ぐべき、と言っていた」
3人とも、お母様の言葉を、別々に、別々の場面で、別々に聞いていたのです。
そして、その「3人それぞれの記憶」が、ぜんぶ、本当の話のように、3人の中で固まっていました。
これを防ぐには、親の意向を、紙に残してもらうしかありません。
わたしは、母(80歳)に、エンディングノートを買って、書いてもらいました。 お母さんの財産が、どこに、どのくらいあるか、それを誰に、どう分けたいか、ぜんぶ、紙に書いてもらいました。
これがあるだけで、わたしと弟の争いの種は、ほぼ消えるはずです。
公的な情報源では、こう案内されています。
遺言書を作成しておくことで、相続人による遺産分割協議を経ずに、被相続人の意思に基づいて遺産を分割することができます
エンディングノートは法的な効力はありませんが、子どもたちが、親の意向を確認できる材料になります。 さらに、ちゃんとした遺言書(公正証書遺言など)を作っておけば、もっと安全です。
教訓② 「実家を残すか・売るか」は、親が元気なうちに決める
3姉妹の争いの大きな部分は、「実家を残すか・売るか」「誰が住むか」でした。
実家は、相続のなかで、いちばん感情がからむ財産です。
「お母さんとの思い出が詰まっている家」を、3人とも、ぜんぶには手放したくなかった。 ですが、3等分は物理的にできないから、争いになりました。
これを防ぐには、親が元気なうちに、「実家を売るか・残すか」を、親自身に決めてもらうことです。
わたしは、母に、こう話しました。 「お母さん、もし、お母さんが亡くなったあと、わたしと弟で、実家どうするかで揉めたくないの。お母さんは、どうしてほしい?」
母は、すぐには答えませんでしたが、半年たって、こう言ってくれました。
「わたしが亡くなったら、売っていいよ。お母さんは、家にこだわらないから」
母自身が、「売っていい」と言ってくれた。 これだけで、わたしと弟が、将来揉める要素が、ひとつ、消えました。
教訓③ 「兄弟で年1回、相続のことを話す日」を作る
3姉妹は、お母様が生きていらした間、相続の話を、3人で一度もしていなかったそうです。
「縁起でもない」と思って、避けていたのです。
そして、お母様が亡くなって、初めて、相続の話を3人ですることになり、そこから、不和が始まりました。
これを防ぐには、親が元気なうちから、兄弟で「相続のこと」を、定期的に話しておくことです。
わたしは、弟(63歳)と、年1回、お盆の集まりのあと、30分だけ、相続のことを話す日を作りました。
特別な内容ではありません。
- お母さんの最近の体調
- お母さんが言っていた、最近の希望
- お母さんが亡くなったら、誰が何をすべきか
- もしお母さんが認知症になったら、わたしと弟で、どう分担するか
これを、年1回、30分。
この時間があるだけで、わたしと弟の「お母さんの相続のときに揉める可能性」が、ぐっと下がっていると感じています。
「3姉妹のように、なりたくない」が、わたしの動機
正直に書きます。
わたしが、母にエンディングノートを書いてもらい、母に実家の処分を決めてもらい、弟と年1回相続の話をしているのは、すべて、「隣の3姉妹のように、なりたくない」という気持ちからです。
10年、笑い声が消えた、隣のお家。 3人の誰も、もう、お盆もお正月も、集まれなくなった、3姉妹。 お母様の遺品(母から聞いた話では、お母様の手作りのキルトなど)を、誰も大事に持っていない3人。
あれを、わたしと弟の間で、絶対に、起こしたくない。
その気持ちが、わたしを、動かしています。
同じ立場の方へ
もし、いま、まだご両親がお元気で、相続のことを「縁起でもない」と避けている60代の方がいらっしゃるなら、申し上げたいことがあります。
縁起でもないから避けている、ではなく、縁起がいいから準備するんだ、と、考えを切り替えてみてください。
相続の準備が整っていれば、ご両親が亡くなったあとも、兄弟は、ちゃんと「家族」のままでいられます。 準備していなかったら、3姉妹のように、10年で「もう姉妹ではない」になる可能性が、確実にあります。
ご両親が元気なうちに、3つのことだけ、始めてみてください。
- エンディングノートを買って、お母さんお父さんに書いてもらう
- 実家を残すか売るかを、親に決めてもらう
- 兄弟で、年1回、30分、相続のことを話す日を作る
これだけで、ご両親が亡くなったあとの、何十年の家族関係が、変わります。
3姉妹が、もし、お母様が元気なうちに、これをやっていたら、いまも、3人で笑い声を上げていたかもしれません。
その「もし」を、わたしは、自分の家では、起こしません。
なお、相続や遺言、エンディングノートの作成は、それぞれのご家庭で大きく状況が異なります。具体的な手続きや判断は、必ず弁護士、司法書士、税理士などの専門家にご相談ください。
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