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義母とのわだかまりが、孫の誕生でほどけた日
嫁いで30年、義母とはずっと、薄い壁のような距離がありました。それが、娘に子どもが生まれたとき、ふっと変わったのです。ひ孫を抱いた義母の涙と、わたしにかけてくれた言葉。長い嫁姑のわだかまりがほどけた日のことを、65歳のわたしがお伝えします。
嫁いで、30年。
義母とのあいだには、ずっと、薄い、壁のような、ものが、ありました。
仲が、悪い、わけでは、ない。
でも、なんとなく、打ち解けられない。
そんな、距離が、長いあいだ、続いて、いました。
それが、ある日、ふっと、変わったのです。
きっかけは、娘に、子どもが、生まれたこと。
つまり、義母にとっての、ひ孫の、誕生でした。
今日は、その、義母との、長い、わだかまりが、ほどけた日の話を、お伝えします。
なお、これは、わたし個人の、体験です。義母との関係は、人それぞれ、違います。あくまで、ひとつの話として、お読みください。
薄い壁のような、30年
嫁いだ、ときから、義母は、きちんとした、しっかりした方でした。
家のことも、しきたりも、何でも、きちんと、している。
わたしは、そんな、義母の前で、いつも、少し、身構えて、いました。
別記事(姑の口癖、嫁のわたしが30年で意味を知った日)にも書いたように、義母の、言葉の、裏にある、思いが、わかるまでには、長い、時間が、かかりました。
大きな、喧嘩を、したわけでは、ありません。
ただ、心から、打ち解けられない。
その、薄い壁が、30年、消えずに、ありました。
娘に、子どもが、生まれた
そんな、ある年。
結婚した、娘に、赤ちゃんが、生まれました。
義母にとっては、初めての、ひ孫です。
わたしは、義母を、病院に、連れて、いきました。
正直、義母が、どんな、反応を、するか、少し、不安でした。
ところが、生まれたばかりの、ひ孫を、見た、義母は。
これまで、見たことの、ないような、やわらかい、顔に、なったのです。
ひ孫を抱いた、義母の涙
看護師さんが、「抱っこ、されますか」と、聞くと、義母は、おそるおそる、ひ孫を、抱きました。
小さな、命を、腕に、抱いた、義母の目から、ぽろぽろと、涙が、こぼれました。
90歳に、近い、義母が、声を、出さずに、泣いて、いました。
「長生き、するもんだねえ」
そう、ぽつりと、言った、義母の横顔を、わたしは、今でも、忘れられません。
別記事(嫁いで初めての夏、姑に教わった梅仕事のこと)の、あの、きちんとした義母とは、まるで、別の人の、ように、見えました。
義母が、わたしに、言った言葉
その帰り道。
義母は、ぽつりと、わたしに、言いました。
「あなたが、うちに、来てくれて、娘が、生まれて、その娘に、また、子どもが、生まれて」
「こうして、命が、つながっていくのは、あなたが、うちに、嫁いで、くれたから、なんだねえ」
その言葉を、聞いたとき。
わたしの、胸の、奥に、30年、あった、薄い壁が、すっと、消えていく、気が、しました。
義母は、ちゃんと、わたしのことを、家族として、見ていて、くれた。
ただ、それを、言葉に、するのが、不器用な、人だっただけ、なのだと、わかりました。
わだかまりは、ある日、ほどける
それから、義母との、関係は、少しずつ、変わりました。
ひ孫の、話を、するときの、義母は、いつも、やわらかい、顔を、しています。
わたしも、前より、ずっと、気楽に、義母と、話せるように、なりました。
長い、30年でしたが、わだかまりは、ある日、ふっと、ほどけることが、あるのだと、知りました。
きっかけは、思いがけない、ところから、やってきます。
別記事(嫁と姑の20年が、姑の認知症で変わった話)にも書いたように、嫁姑の、関係は、年月とともに、思わぬ、かたちで、変わっていくのです。
さいごに
嫁いで、30年、義母とのあいだに、あった、薄い壁。
それが、ひ孫の、誕生で、ふっと、ほどけました。
ひ孫を、抱いて、涙した、義母。
「命が、つながるのは、あなたが、嫁いで、くれたから」という、言葉。
不器用な、義母は、ちゃんと、わたしを、家族として、見ていて、くれたのです。
今、義母との、関係に、わだかまりを、感じている方が、いたら。
どうか、焦らないで、ください。
きっかけは、思いがけない、ところから、やってきて、わだかまりは、ある日、ふっと、ほどけるかも、しれません。
義母との、距離感に、悩んでいる方は、別記事(義母との距離感に疲れた50〜60代妻の完全ガイド)も、あわせて、ご覧ください。
なお、義母との関係は、ご家庭ごとに、本当に違います。ご自分の、ペースで、無理のない、距離を、見つけてみてください。
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