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義母の一周忌、嫁のわたしが感じたこと

ヨバナシ編集部 読了 約3分

義母が亡くなって一年。一周忌の法要を終えて、わたしは不思議な気持ちになりました。生きているうちは、どこか打ち解けられなかった義母。それなのに、いなくなって一年経って、こんなにも思い出すなんて。65歳の嫁のわたしが、義母の一周忌で感じたことを、ゆっくりお伝えします。

義母が、亡くなって、一年が、経ちました。

先日、一周忌の、法要を、終えて、わたしは、不思議な、気持ちに、なりました。

生きている、うちは、どこか、打ち解けられなかった、義母。

それなのに、いなくなって、一年、経って、こんなにも、思い出すなんて。

今日は、その、義母の、一周忌で、嫁の、わたしが、感じたことを、お伝えします。

なお、これは、わたし個人の、体験です。義母との関係は、人それぞれ、違います。あくまで、ひとつの話として、お読みください。

打ち解けられなかった、義母

義母とは、長いあいだ、どこか、打ち解けられない、関係でした。

きちんとした、しっかりした、義母。

わたしは、いつも、少し、身構えて、いました。

大きな、喧嘩は、なかったけれど、心から、甘えることも、できなかった。

そんな、義母が、一年前、静かに、旅立ちました。

別記事(自宅看取りを選んだ65歳、姑との最後の3週間)にも書いたように、最後の、日々を、そばで、過ごしたことは、わたしにとって、大切な、時間でした。

一周忌の、準備をしながら

一周忌の、準備を、しながら、わたしは、義母のことを、たくさん、思い出しました。

お寺さんへの、連絡。 お斎(おとき)の、手配。 親族への、案内。

別記事(義母の初盆、嫁のわたしが準備した一週間)のときと、同じように、嫁の、わたしが、中心に、なって、準備を、進めました。

不思議なことに、準備を、しながら、義母の、いろいろな、姿が、よみがえって、きました。

厳しかった、ことも。 たまに、見せた、優しさも。

法要の日、思い出したこと

一周忌の、当日。

お坊さんの、読経を、聞きながら、わたしは、義母との、日々を、振り返って、いました。

嫁いだ、ばかりの頃、台所で、料理を、教わったこと。

厳しく、言われて、泣いた、夜のこと。

孫が、生まれて、やわらかい顔に、なった、義母のこと。

いいことも、つらいことも、ぜんぶ、ひとつずつ、思い出しました。

生きている、うちは、あんなに、身構えて、いたのに。

いなくなって、みると、義母は、わたしの、人生の、大きな、一部だったのだと、気づきました。

遺影に、手を合わせて

法要の、あと。

わたしは、義母の、遺影に、そっと、手を、合わせました。

「お義母さん、一年、経ちましたよ」

心の中で、そう、語りかけると、なぜだか、涙が、こぼれました。

打ち解けられなかった、はずの、義母。

それなのに、こんなにも、涙が、出るなんて。

自分でも、おどろきました。

別記事(姑の遺品から見つけた、義両親へのわたしの手紙)にも書いたように、義母が、遺したものの、なかに、義母の、思いが、たくさん、詰まって、いました。

きっと、義母も、不器用なだけで、わたしのことを、家族として、見ていて、くれたのだと、思います。

いなくなって、わかること

人は、そばに、いるうちは、なかなか、大切さに、気づけません。

義母も、そうでした。

生きている、うちは、打ち解けられなくて、どこか、遠い、存在だった。

それが、いなくなって、一年、経って、こんなにも、思い出して、涙する。

いなくなって、はじめて、わかることが、あるのだと、しみじみ、感じました。

さいごに

義母の、一周忌を、終えて、わたしは、不思議な、気持ちに、なりました。

生きている、うちは、打ち解けられなかった、義母。

それなのに、いなくなって、一年、経って、こんなにも、思い出し、涙する。

きっと、義母は、不器用なだけで、ちゃんと、わたしを、家族として、見ていて、くれた。

そして、わたしも、いつのまにか、義母を、大切に、思って、いたのです。

今、義母との、関係に、悩んでいる方が、いたら。

打ち解けられなくても、その関係は、ちゃんと、あなたの、人生の、一部に、なっています。

どうか、日々の、時間を、大切に、過ごされますように。

義母との、関わり方に、悩んでいる方は、別記事(義母との距離感に疲れた50〜60代妻の完全ガイド)も、あわせて、ご覧ください。

なお、義母との関係は、ご家庭ごとに、本当に違います。ご自分の、ペースで、無理のない、向き合い方を、見つけてみてください。

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