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自宅看取りを選んだ65歳、姑との最後の3週間
89歳の姑が末期がんと診断され、本人の希望で自宅看取りを選びました。義実家での最後の3週間、義父と夫と義妹とわたしの4人で交代しながら、姑のそばにいた日々の話。後悔したこと、よかったこと、訪問看護師さんからの大事な助言を、65歳の今、書き残します。
89歳の姑が、末期がんと診断されたのは、去年の冬でした。
医師の余命予測は、3ヶ月。
姑は、診断を受けた病院のベッドの上で、夫と義妹と、わたしと、義父に、こう言いました。
「わたしは、家で死にたい」
それまで、姑は、入院していた病院で治療を続けていました。 ですが、もう治療の方法がなくなった、と医師から告げられた日、姑は迷いなく、自宅看取りを選んだのです。
退院から、亡くなるまでの3週間。
義父と、夫と、義妹と、わたしの4人で、交代しながら、姑のそばにいました。
3週間という、思っていたより短い時間でした。 ですが、それは、わたしの人生の中で、いちばん深く、重く、温かい時間でもありました。
65歳のいま、振り返って、後悔したこと、よかったこと、訪問看護師さんから教わった大事なことを、書き残しておきます。
重要なお断り:自宅看取りは、ご本人の意向、家族の体力、医療体制、住環境など、たくさんの条件によって、選べる場合と選べない場合があります。この記事は、わたしの家族のケースで、医療判断ではありません。検討される方は、必ず主治医、訪問看護ステーション、地域包括支援センターにご相談ください。
自宅看取りを選ぶ前の、家族会議
退院の話が出た日の夜、夫と義父と義妹と、わたしの4人は、義実家のリビングで、深夜まで話し合いました。
決めなければならないことが、たくさんありました。
ひとつめ、姑の希望(自宅看取り)を、本当に叶えられるか。 ふたつめ、誰が、どのくらい、ついていられるか。 みっつめ、訪問看護と、訪問医療を、どこに頼むか。 よっつめ、姑のお部屋を、どこに用意するか。 いつつめ、苦しい場面が来たとき、誰が対応するか。
ぜんぶ、その夜、初めて、真剣に話し合いました。
最終的に、わたしたち4人は、こう決めました。
- 平日の昼: 義父が中心、午後はわたしが応援
- 平日の夜: 夫(仕事のあと)とわたしが交代
- 週末: 義妹家族(子どもふたり)が応援
- 訪問看護: 週3回(月・水・金)
- 訪問診療: 週1回(土)
- 緊急時: 訪問看護ステーションの24時間オンコール
これを翌日からスタートして、3週間、ぜんぶ、このスケジュールで動きました。
公的な情報源では、こう案内されています。
訪問看護は、看護師等がご自宅にお伺いし、主治医の指示のもと、療養生活を送るために必要な看護の提供を行います。
訪問看護は、医療保険または介護保険で利用できます。 費用も、条件によって異なりますが、わたしたちの場合は、姑の介護保険の枠でほぼまかなえました。
最初の1週間: 姑が、急に元気になった
退院した最初の1週間、不思議なことに、姑は急に元気になりました。
病院では食欲がなかったのに、自宅では「ご飯食べたい」と言ったり、「お父さん、お茶もう一杯」と義父に頼んだり。
訪問看護師さんに、こう聞きました。
「お母さん、こんなに元気そうですけど、本当に余命3ヶ月なんですか」
訪問看護師さんは、優しく、こう答えてくれました。
「ご自宅に戻られると、お顔も気持ちも、いったん落ち着く方が多いんです。気持ちが穏やかになると、食欲も戻ります。ですが、根本の病気は、進行しています。ですから、いまのうちに、姑さんと、たくさん話してください」
その言葉で、わたしは、姑とたくさん話そう、と決めました。
姑の好きだった料理を一緒に作って、若い頃の話を聞いて、わたしの母のことや、わたしと夫の出会いのことや、ぜんぶ、姑に話しました。
姑は、わたしの話を、にこにこ聞いてくれました。
20年、わたしと姑の関係は、ずっと淡いものでした。 ですが、最後の3週間で、わたしと姑は、初めて、本当の家族の会話を、しました。
2週目: 姑が、急に動けなくなった
退院から2週間目の半ば、姑は、急に動けなくなりました。
ベッドから起き上がるのが、難しくなり、お手洗いも、訪問看護師さんに教わったオムツに切り替えました。
食事も、もうほとんど、取れなくなりました。
訪問看護師さんから、こう聞きました。
「お母さん、いまから1週間〜10日くらいで、看取りの段階に入ります。あと2週間は、たぶん、持たないと思います」
予想より、早かったです。
最初の1週間で、家族みんな「3ヶ月あるから、ゆっくりやろう」と思っていたのが、実際は3週間で終わる、と分かったのです。
その夜、夫と義父と、義妹と、わたしで、もう一度、リビングで集まりました。
「最期に、姑に何をしてあげるか」を、決めるためでした。
決めたことは、こうでした。
- 姑の好きなクラシック音楽を、お部屋でずっと流す
- 姑の写真アルバムを、ベッドのそばに置いて、ふたりで眺める時間を作る
- 姑が話せるうちに、義父、夫、義妹、わたし、それぞれが、ふたりだけの時間を持つ
- 姑のお気に入りのバラ(義父が長年育てている)を、毎日新しく1輪、枕元に飾る
実務的なことではなく、姑の最後の時間を、姑らしいもので、ぜんぶ満たしてあげる。 それを、家族みんなで、決めました。
3週目: わたしと姑、ふたりだけの時間
3週目の月曜の午後、義父が訪問看護師さんと買い物に出かけて、わたしが姑とふたりだけになりました。
姑は、もう、ほぼ眠っていました。 ですが、ふと、目を開けて、わたしを見ました。
「由紀子さん」
姑が、わたしの名前を、ゆっくり、呼びました。
「はい、お母さん」
「ありがとうね」
それだけでした。
3秒くらい、姑はわたしの目を見続けて、それから、また目を閉じました。
20年、わたしと姑の関係は、淡かったです。 ですが、最後の最後に、姑は、わたしに「ありがとう」を、はっきり、言ってくれました。
わたしは、姑の手を握って、しばらく、声を出さずに泣きました。
姑は、その2日後、義父と夫が見守るなかで、静かに、亡くなりました。 わたしは、訪問看護師さんから連絡を受けて、駆けつけて、姑の最期に間に合いました。
訪問看護師さんから教わった、3つの大事なこと
3週間の自宅看取りのなかで、訪問看護師さんから教わった、いちばん大事なことを、3つお伝えします。
ひとつめ: 家族が「無理しない」が、いちばん大事
訪問看護師さんは、こう何度も言ってくれました。
「ご家族が倒れたら、自宅看取りは続けられません。眠れる時に眠る、食べられる時に食べる、家族の中で必ず誰かが休む時間を作る。これがいちばん大事です」
わたしは、最初、「姑のために、ぜんぶ自分でやらなきゃ」と思っていました。 ですが、訪問看護師さんに「奥さんが倒れたら困ります」と言われて、夫と義妹とのシフト制を、徹底することにしました。
無理しないことが、結果として、姑にいちばん優しい時間を提供できることに、つながりました。
ふたつめ: 「最期は、必ず立ち会わなくていい」
これは、わたしには意外な助言でした。
訪問看護師さんは、こう話してくれました。
「最期の瞬間に、必ず家族全員が立ち会えるとは限りません。トイレに立った瞬間に逝かれる方もいます。家族の方が立ち会えなかったことを、後で責めてはいけません」
姑の最期、義妹は、子どものお迎えで、家にいませんでした。 わたしも、訪問看護師さんから連絡を受けて駆けつけたので、最期の数分は、立ち会えませんでした。
ですが、義妹もわたしも、それを「後悔」していません。
最期の瞬間に立ち会うことより、亡くなる前の3週間、姑とたくさん話し、たくさん触れ合えたこと。 それが、何より大事だった、と、今は思います。
みっつめ: 「亡くなったあとも、医療と相談していい」
3つめは、亡くなった後の話です。
訪問看護師さんは、こう教えてくれました。
「お母さんが亡くなったあと、悲しみや、心の整理ができない時期が来ます。そのとき、訪問看護ステーションや、地域の遺族会に、相談していいんです。医療は、亡くなった後も、ご家族を支えます」
姑が亡くなった半年後、わたしは、地域の遺族会(月1回開催)に2回、参加しました。
同じような経験をした方たちと話すだけで、わたしの中の「やり切れない気持ち」が、ずいぶん、軽くなりました。
亡くなったあとも、医療と社会がご家族を支える仕組みがあること。 これを、最後にお伝えしたいです。
自宅看取りを選ぶ前に、考えてほしい3つのこと
自宅看取りを検討されている方に、わたしの経験から、考えてほしいことを、3つだけ。
ひとつめ、ご本人の意向を、書面に残しておく。 姑の場合、亡くなる1年前にエンディングノートに「家で死にたい」と書いてくれていました。これが、家族の決断を支えました。
ふたつめ、訪問看護・訪問医療の体制を、確認しておく。 お住まいの地域に、24時間対応の訪問看護ステーションがあるか、訪問診療をしてくれる医師がいるか。これがないと、自宅看取りは、難しいです。 地域包括支援センターに電話すれば、お近くの体制を教えてもらえます。
みっつめ、家族で「シフト」を組める人数がいるか。 ひとりで自宅看取りを続けるのは、本当に難しいです。最低3人、できれば4人いると、無理なく続けられます。
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さいごに
自宅看取りは、誰にでも選べる選択肢では、ありません。
ご本人の意向、家族の体力、医療体制、住環境、いろんな条件が揃って、初めて可能になります。
ですが、もし条件が揃うなら、自宅看取りは、ご家族とご本人の両方に、深い時間を、贈ってくれます。
20年わたしと淡い関係だった姑が、最後の3週間で、わたしに「ありがとう」を言ってくれた。 それは、自宅看取りでなければ、たぶん、もらえなかった言葉でした。
姑が亡くなって1年。
夫は、いまでも「お袋を家で看取れて、本当によかった」と、ふと言います。
わたしも、同じです。
なお、繰り返しになりますが、自宅看取りの選択は、ご家庭ごとに大きく状況が違います。検討される方は、必ず主治医、訪問看護ステーション、地域包括支援センターにご相談のうえで、進めてください。
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