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コラム

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姑の遺品から見つけた、義両親へのわたしの手紙

ヨバナシ編集部 読了 約6分

姑が亡くなって2年、義実家の片づけを進めていた64歳のわたしは、姑のタンスの奥から、わたしが30年前に書いた、義両親への手紙を、見つけました。30年で忘れていた、わたしの若い気持ち。姑が、ずっと、しまっておいてくれた、その意味を、ゆっくり、お伝えします。

64歳のわたしの、姑は、2年前、87歳で、亡くなりました。

別記事(姑が亡くなって、初めて気づいた義実家の片づけ問題)に書いた、義実家の片づけを、わたしと夫が、続けている、いま。

姑のタンスの、いちばん奥の、引き出しから、わたしは、1通の、手紙を、見つけました。

その手紙の、表書きは、こうでした。

「義父さま、義母さま」

差出人は、わたし、由紀子。

日付は、結婚した翌年、1996年の、お正月。

つまり、わたしが、34歳で、結婚2年目に、義両親に、書いた、お手紙でした。

30年で、ぜんぶ、忘れていた、わたしの、若い気持ちが、その封筒の中に、ちゃんと、残っていました。

今日は、その手紙を、見つけた日のことと、姑が、30年、しまっておいてくれた、その意味を、お伝えします。

姑が、亡くなって、義実家を、片づけている方に、ひとつの参考に、なれば、と思います。

タンスの奥で、見つけた手紙

姑が亡くなって、2年。

夫(姑の長男)と、わたしは、月に1回、義実家に通って、ゆっくり、姑の遺品を、整理しています。

タンスの、いちばん下の、引き出し。 そこに、姑が、生前に、大事に、しまっていた、手紙の束が、ありました。

夫が、最初に、手にとって、1通ずつ、確認しました。

「これは、母が、姉さんから、もらった、手紙」 「これは、母が、近所の山田さんから、もらった、手紙」

そして、束の、いちばん奥に、わたしへの宛名で、書かれた手紙が、1通、出てきました。

夫が、その封筒を、手にとって、見つめて、ぽつりと、言いました。

「これ、由紀子の、字、だな」

わたしは、その封筒を、開けて、中の手紙を、読みました。

1996年のお正月、わたしが、義両親に、書いた、お手紙でした。

手紙の内容

ペラの便箋、2枚。 ボールペンの、字が、若い、わたしの字です。

内容は、こうでした。

「義父さま、義母さま、明けましておめでとうございます。 昨年、結婚させていただいてから、もう1年、過ぎました。 新しい家族の一員として、迎えていただき、本当に、ありがとうございます。

正直に、申し上げると、わたしは、最初、義父さま、義母さまに、本当に、よくしていただけるか、心配で、ありました。 わたしは、自分の母を、5歳のときに、亡くしました。 ですから、義母さまを、本当のお母さまのように、思って、お慕いしてよいのか、自分の気持ちに、戸惑っていました。

ですが、この1年、義父さま、義母さまから、本当に、温かく、迎えていただいて、わたしは、本当に、しあわせです。 おふたりのこと、これから、本当の親と、思って、大事に、させて、いただきます。

今年も、義父さま、義母さまに、たくさん、お会いできることを、楽しみに、しています。

由紀子」

その2枚の便箋を、読み終わって、わたしは、しばらく、義実家のリビングで、泣いていました。

夫も、そばで、静かに、わたしの背中を、撫でて、くれました。

30年で、忘れていた、わたしの気持ち

その手紙を、書いたとき、わたしは、34歳でした。

結婚して、1年。

自分の本当の母が、5歳で亡くなったわたしには、お姑さんを、お母さんと、呼ぶことに、戸惑いが、ありました。

「他の人の、お母さんを、お母さんと、呼んでいいのだろうか」 「お母さんと、呼ぶことで、自分の本当の母を、裏切ることに、ならないだろうか」

そんな、若い頃の、わたしの、ぼんやりとした、迷い。

それを、わたしは、30年、すっかり、忘れて、いました。

ですが、その手紙が、あったから、思い出しました。 わたしが、30年前に、義両親への気持ちを、こんなふうに、ちゃんと、書いていたこと、を。

姑が、30年、しまっておいてくれた、意味

別記事(義実家のクリスマス、わたしの30年間)に、わたしが書いた、姑のこと。

姑は、わたしのことを、本当に、可愛がって、くれました。

その姑が、わたしの30年前の手紙を、タンスの、いちばん奥に、30年、大事に、しまっていてくれた。

それを、見つけたとき、わたしは、姑の、深い気持ちを、初めて、本当に、理解した、と、感じました。

姑は、わたしの「お母さんを亡くした娘」としての、戸惑いを、ちゃんと、見てくれていた。 そして、わたしの「義母さまを、本当の親と思って、大事にする」という、若い頃の決意を、ちゃんと、受け取って、くださっていた。

30年、姑は、その手紙を、大事に、しまっておいて、くれたのです。

姑は、わたしのこと、たぶん、ずっと、本当の娘のように、思って、くれていた。

その姑の気持ちが、30年経った、いま、ようやく、わたしには、ちゃんと、伝わって、きました。

わたしが、姑へ、書く、新しい手紙

その日、義実家から、家に戻って、わたしは、自分の机に、座って、新しい手紙を、書きました。

宛名は、もう、亡くなった、姑への、手紙、です。

「お母さま、

昨日、お母さまのタンスから、わたしが、30年前に、書いた手紙を、見つけました。 お母さまが、ずっと、大事に、しまっておいて、くださっていたこと、本当に、ありがとうございます。

わたしは、30年で、すっかり、忘れていたのですが、お母さまは、ちゃんと、覚えていてくださった。 そして、わたしの『本当の親と思って、大事に、させていただく』という言葉を、ちゃんと、受け取って、くださっていたのですね。

お母さま、わたしは、これからも、お母さまのことを、お母さまのこと、ずっと、忘れません。 そして、お母さまが、わたしのことを、娘のように、思ってくださっていたことも、これから、ずっと、わたしの、宝物として、持っていきます。

お母さまの、孫(わたしと夫の息子)も、立派に、結婚して、いまは、関東で、暮らしています。 来年、お母さまの、三回忌で、義姉夫婦とも、お母さまの思い出を、ゆっくり、話します。

お母さま、本当に、ありがとうございました。

由紀子」

その新しい手紙を、わたしは、姑のお墓に、お盆に、持っていって、お墓の前で、読み上げました。

義実家の片づけで、見つけたこと

姑の遺品の整理は、わたしと夫の、いちばん、しんどい、作業でした。

「ぜんぶ、捨てるべきか」 「何を、残すべきか」

迷うことが、多かった、です。

ですが、その30年前の、わたしの手紙が、見つかったことで、わたしは、義実家の片づけの、意味が、変わりました。

「ぜんぶ、捨てる」のではなく、「姑が、大事にしてきたもの」を、ちゃんと、見つけて、その意味を、ゆっくり、考える。

それが、義実家の片づけの、本当の意味だと、わたしは、気づきました。

姑のタンスから、わたしと夫は、こんなものも、見つけました。

  • 夫が、小学校のときに、お母さんに、書いた、母の日の絵
  • 結婚式の、わたしと夫の写真(姑が、いつも、持ち歩いていた小さなアルバム)
  • 義姉の、お孫さんが、姑に、書いた、お絵描き
  • 義両親の、結婚式の白黒写真

これらを、ぜんぶ、わたしと夫で、大事に、整理して、家族に、配りました。

姑が、大事にしてきたものを、家族で、引き継ぐ。 これも、義実家の片づけの、大切な、意味です。

同じ立場の方へ

もし、いま、姑(義両親)の遺品整理を、始めようとしている方が、いらっしゃるなら、申し上げたいことが、ひとつ、あります。

「ぜんぶ、捨てる」ことを、急がないで、ください。

姑(義両親)の、引き出しの、奥の、奥に、ご家族の、宝物が、しまわれていることが、あります。

わたしと夫の場合は、30年前の、わたしの手紙、でした。

その手紙が、姑とわたしの、30年の関係を、もう一度、深く、結び直してくれました。

時間をかけて、ゆっくり、片づける。 そして、見つけたものを、ご家族で、ゆっくり、共有する。

これが、義実家の片づけの、いちばん、大事な、ことです。

さいごに

姑のタンスから、30年前の、わたしの手紙を、見つけた、その日。

わたしは、姑の深い気持ちを、ようやく、本当に、理解しました。

姑は、わたしのことを、ずっと、本当の娘のように、思って、くれていた。

そして、わたしも、若い頃に、ちゃんと、姑のこと、義両親のことを、本当の親と、思って、大事に、しようと、決めていた。

その30年の、関係の、深さを、姑の遺品が、教えてくれた。

姑が、亡くなって、もう、2年。 ですが、姑との関係は、まだ、深く、続いている、と、いまの、わたしには、思える。

姑、お母さま、ありがとうございました。

なお、義実家の片づけや、遺品整理は、ご家庭ごとに、本当に、違います。ご自分のペースで、ご家族と、無理なく、進めてみてください。

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