= COLUMN =
三週間目の朝、義母が言ったこと
認知症の義母を、夫と二人で看取りました。三週間のうちのどこか、たぶん二週目の終わりごろの朝に、義母が一度だけ、はっきりした声で「ごめんなさい」と言ったのです。何が、と私は聞きませんでした。それから半年、私はその一言の宛先を考えています。63歳になった私の、誰にも話していない記録です。
義母の枕元には、いつも温度計が置いてありました。
体温を測るためではなく、室温を測るための、ガラス管の古いやつです。義母はそれを若いころから使っていて、嫁いできた最初の冬に「うちでは18度を切らないように」と私に言いつけたことがあります。それからの38年、私は義母の家に行くと、まずあの温度計を確認しました。
看取りの三週間、私はその温度計を、毎朝6時に見にいきました。
義母はもう温度計を見ません。読み取れませんし、きっと温度計の存在自体を忘れています。それでも私は、嫁いだ最初の冬の続きみたいに、毎朝確認しました。17.5度。18.3度。ある朝は16.9度で、私はエアコンを少し強めました。義母は薄い掛け布団の下で、息だけしていました。
二週目の終わりごろの朝だったと思います。
私は義母の枕元の椅子に座って、髪を整えていました。整える、というほどのことではなくて、白髪のひと房がおでこにかかっているのを、指で横に流しただけです。義母は目を開けていて、けれども私のことは見ていませんでした。最近の義母は、目を開けたまま、誰も見ていないのです。
その朝、義母の目が、私のところに止まりました。
ほんの一瞬でした。
そして、はっきりした声で、こう言ったのです。
「ごめんなさい」
私は手を止めて、義母の顔を見ました。義母も私を見ていました。
何が、と聞こうとして、聞きませんでした。
その瞬間にいくつものことを考えた、というのは嘘で、本当は何も考えませんでした。手だけが動かなくなって、義母の白髪のひと房を持ったまま、ただ義母を見ていました。義母も私を見ています。たぶん10秒くらい。それから義母の目はまた、誰も見ない目に戻りました。
私は手を再開しました。白髪を流し終えると、ひと房ぶんだけ、まだ手の中に残っているような気がして、もう一度撫でました。
義母は何も言いませんでした。
夫はその場にいませんでした。
階下で、お湯を沸かしていたのです。お茶を、一日のうちに何度も淹れる人です。義母が認知症になってから、夫はずっとお茶を淹れています。お茶を淹れていれば、何かしている、ということになる。私はそう解釈しています。
夫が二階に上がってきたときには、義母は眠っていました。
「変わりは」と夫が小声で聞きました。
「ない」と私は答えました。
それから5日後の朝、義母は息をひきとりました。
葬儀のあと、家のことが落ち着いて、四十九日も過ぎたころ、私は台所で、米を研いでいました。
ふつうの動作のはずでした。米を研ぐ手のひらに、水の冷たさが沁みた瞬間、私は声を出して泣きました。
何の涙か、わかりませんでした。
38年の終わり、ではないと思います。 赦し、でもないと思います。 たぶんあれは、義母のあの一言の宛先が、もう永遠に確かめられないことに対する、何か違うものだったのです。
その夜、夫に泣いたことを話しませんでした。
半年が経ちました。
私は今、63歳になります。義母の温度計は、最後の朝のまま、義母の寝室に置いてあります。義母の家は売ることになっていて、来月、家具を運び出します。温度計は、運び出すか、置いていくか、まだ決めていません。
ときどき、あの「ごめんなさい」を考えます。
38年分だったのでしょうか。
それとも、認知症のなかで、たまたま出てきた言葉だったのでしょうか。
それとも、義母にとっての別の誰かに、別の何かを謝った言葉が、私の前で出ただけだったのでしょうか。
私は義母を許してはいません。お正月のおせちのこと、子どもを産んだばかりの夜のこと、私の母の葬儀に来なかった日のこと、ぜんぶ覚えています。
それでも、家で死にたいと書いた義母の一行を、私は叶えました。
それは、許すこととは別のことだ、と私は思います。
赦さないままで、引き受けることは、できるのです。
温度計は、置いていくことにしました。
次の住人が、もしも気づいて、捨てるか、自分で使うか、棚の奥に押し込めるか、それはその人の自由です。私はもう38年分の温度を測りました。
義母の「ごめんなさい」を、私は宛名のないまま、しまっておきます。
開ける必要はありません。
そういう、しまっておけるものが、人生にはひとつかふたつ、あるのだと、63になってようやく分かりました。
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※本コラムは、ヨバナシ編集部が複数の60代女性への取材をもとに、フィクション化した一人称体験談です。プライバシー保護のため、登場人物・年齢・状況に修正を加えています。
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