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コラム

= COLUMN =

夫の認知症前夜、わたしが書き始めた家族の記録

ヨバナシ編集部 読了 約5分

69歳の夫に、認知症の初期症状が、見え始めました。65歳のわたしは、夫のことを、いま、書き残しておきたい、と思い、ある日、家族の記録を、書き始めました。夫が忘れていく前に、わたしが覚えておきたい、35年のこと。書くと決めた夜と、書き始めて1年経った今を、お伝えします。

69歳の夫に、認知症の初期症状が、見え始めました。

きっかけは、去年の夏のある朝でした。

夫が、台所で、お茶を入れようとして、ふと、こう聞いてきました。

「お茶のティーバッグ、どこにあるんだっけ」

40年、同じ家に住んでいる夫が、ティーバッグの場所を、聞いたのです。

最初は、わたしも、「あら、忘れたの」と、軽く受け止めました。

ところが、それから数ヶ月、夫の小さな「忘れ」が、増えていきました。

  • いつも飲んでいる薬を、朝、飲み忘れる
  • 昨日の夕食のメニューを、覚えていない
  • ゴルフ仲間の名前を、ぱっと出てこなくなる
  • スマホの操作で、毎日、わたしに同じことを聞く

ぜんぶ、それぞれは、小さなことです。

ですが、ぜんぶ重なると、わたしには「もしかしたら」が、見えてきました。

医師の診断を、今年の春に、受けに行く予定です。

ですが、その前に、わたしは、決めたことがあります。

夫の認知症が、本格的に進む前に、夫のことを、ちゃんと書き残しておこう、と。

去年の冬、わたしは、家族の記録を、書き始めました。

書こうと決めた、ある冬の夜

書こうと決めた夜のことを、覚えています。

去年の12月、夫が、夕食のあと、リビングのソファで、テレビを見ながら、こう言いました。

「俺、最近、なんか、頭が、ぼんやりするんだよな」

わたしは、お皿を洗う手を止めて、夫の隣に座りました。

「お父さん」(わたしは、結婚以来、夫を「お父さん」と呼んでいます)

「お父さん、もし、お父さんが、これからいろんなことを忘れていくかもしれないなら、わたしが、お父さんのこと、ぜんぶ、書き残しておくね」

夫は、しばらく、わたしの顔を見ていました。

そして、こう答えました。

「ありがとう。それ、お前が書いてくれるなら、安心だ」

その夜から、わたしは、家族の記録を、書き始めました。

書いたもの① 夫のこと(夫の章)

最初に書いたのは、夫のことでした。

A4の便箋に、こんなことを書きました。

  • 夫の生まれた家のこと
  • 夫の両親(義両親)のこと
  • 夫の兄弟(姉と弟)のこと
  • 夫の小学校・中学校・高校・大学のこと
  • 夫の社会人生活のこと(35年)
  • 夫の趣味の変遷(若い頃の鉄道、今のゴルフ)
  • 夫が、好きな食べ物
  • 夫が、苦手な食べ物
  • 夫が、よく行く場所
  • 夫が、大事にしているもの

ぜんぶで、A4で12枚になりました。

書いていて、何度も泣きました。

夫の人生を、こうやって紙にまとめると、本当にたくさんのことが、35年で起きていた、と分かるのです。

そして、夫の人生の半分以上を、わたしが、隣で、見てきていた、ということも、改めて、気づきました。

書いたもの② わたしと夫の出会いから今までの記録

ふたつめは、わたしと夫の、35年の歴史でした。

  • 結婚前のお見合いのこと
  • 結婚式の朝のこと
  • 新婚旅行のこと(ハワイの記憶)
  • 息子が生まれた日のこと
  • 息子の七五三、入学、卒業のこと
  • 夫の転勤と、引っ越しのこと
  • 義父が亡くなったときのこと
  • 義母が亡くなったときのこと
  • 夫の定年退職の日のこと
  • 息子の結婚式のこと
  • 孫が生まれたときのこと

これも、A4で15枚になりました。

35年で、こんなにたくさんのことが、起きていたのです。

そして、これらのほとんどを、わたしと夫だけが、共有しています。 息子は、自分が生まれる前のことは、知りません。 他の親族も、わたしと夫だけのことは、知りません。

わたしが、忘れずに、書き残しておかなければ、消えてしまうのです。

書いたもの③ 夫が、わたしに語ってくれた、若い頃の話

3つめは、夫が、わたしに語ってくれた、夫の若い頃の話です。

夫は、もともと、自分のことを、あまり話しません。

ですが、35年連れ添う中で、ぽつりぽつりと、夫が、わたしに、若い頃の話を、してくれていました。

  • 中学のとき、最初に好きになった女の子のこと
  • 高校のとき、夢中になった野球部のこと
  • 大学のとき、ひとり旅で行った北海道のこと
  • 社会人最初の上司に、教わったこと
  • 会社の同期で、いちばん仲のよかった人のこと

これらは、たぶん、夫が、自分のお葬式のときに、他の人に話されたら、嫌だな、と思うような、ささやかな話です。

ですが、わたしは、これらを、夫に、いつか、もう一度、読んで聞かせたいのです。

夫が、自分の若い頃を、忘れてしまった日に、わたしが、夫の代わりに、覚えていたい。

書いたもの④ わたしが、夫に「ありがとう」と思った、35年のことリスト

4つめは、わたしが、夫に「ありがとう」と思った、35年の出来事リストです。

これも、A4で5枚ほど書きました。

  • 結婚式の朝、わたしの母に「お母さん、由紀子を、よろしく」と言ってくれた夫
  • 息子が高熱を出した夜、徹夜で看病してくれた夫
  • わたしの父が亡くなった日、わたしを抱きしめてくれた夫
  • わたしが熟年離婚を考えた時期、わたしの話を、1時間聞いてくれた夫
  • 定年退職した日、わたしが用意した3つのものに、「お前、これいつ作ったんだ」と感心してくれた夫

35年のあいだに、夫がしてくれた、たくさんのこと。

これらを書き出すと、わたしの中で、夫への感謝が、もう一度、湧いてきます。

書いたもの⑤ これから書きたいこと

書き始めて、1年。

まだ書き終わっていません。

これから書きたいことが、たくさん、あります。

  • 夫が、もし入院することになったら、医師に伝えたい夫の好み・薬の飲み方
  • 夫が、もし施設に入ることになったら、施設のスタッフに伝えたい夫の人柄
  • 夫が、もし話せなくなったら、わたしが夫の代わりに、息子と話したいこと
  • 夫が、もし、わたしを認識できなくなったら、わたしが夫に伝えたい、35年の感謝

これらは、まだ書いていません。

ですが、いつか、書きます。

夫が、認知症で、自分のことを、語れなくなる前に。

書いていて、気づいたこと

1年書いていて、わたしが、深く気づいたことが、3つあります。

ひとつめ、書くことで、わたし自身が、夫のことを、深く理解し直している。

夫の人生を書きながら、わたしは、夫のことを、新しい目で、見られるようになりました。 夫が、なぜ、こういう人なのか、35年連れ添って、ようやく、わかるようになったのです。

ふたつめ、夫が、認知症になっても、わたしの中の夫は、消えない。

書き残すことで、夫の人格は、わたしの中に、紙の上に、確実に、残ります。 夫が、自分のことを、忘れていっても、わたしが、覚えています。

みっつめ、書くことで、わたし自身の、心の準備ができる。

これから、夫の認知症が、本格的に進むかもしれません。 そのときに、わたしは、慌てふためかないで、夫を支えられるように、いま、準備をしています。 書くことが、その準備に、なっています。

同じ立場の方へ

もし、いま、ご主人(または奥さま)に、認知症の初期症状が見え始めて、不安を感じている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、ひとつあります。

書き始めてみてください。

ご主人の人生を、ご主人と一緒に、書き残してみてください。

ご主人が、忘れていく前に。

これは、ご主人を「失う準備」では、ありません。 ご主人を「ずっと、自分の中に、残す準備」です。

そして、書くことが、ご夫婦の最後の数年を、ぐっと、深いものに、してくれます。

夫が、わたしに、書き始める許可をくれた、あの夜から、1年。

わたしと夫の関係は、35年で、いちばん、深いものに、なっています。

来月、医師の診察を受けます。 診断が、認知症だったとしても、わたしには、書き始めた25枚のノートが、あります。

そのノートが、わたしと夫の、これからの数年を、ずっと、支えてくれるはずです。

なお、認知症の進行や、診断、対応は、それぞれのご家庭で、大きく違います。具体的な対応は、必ず医療機関や、地域包括支援センターにご相談ください。

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#60代 #夫婦 #ルール