= COLUMN =
義姉と二人で、母を見送った、最後の一週間
夫の母(姑)が、89歳で、旅立ちました。最後の一週間、わたしと、義姉(夫の姉)は、二人で、交代しながら、姑のそばに、付き添いました。35年、ぎくしゃくしていた、義姉とわたしが、姑の最後の一週間で、初めて、ひとつになれた話を、ゆっくり、お伝えします。
65歳のわたしの、姑(夫の母)が、先日、89歳で、旅立ちました。
最後の、一週間。
わたしと、義姉(夫の姉、72歳)は、二人で、交代しながら、姑のそばに、付き添いました。
実は、わたしと、義姉は、35年、ずっと、ぼんやりと、ぎくしゃくした関係でした。
別記事(義姉と義妹、わたしが35年で築いた、3つの距離感のかたち)に書いた、義姉との、淡い、距離感。
ですが、姑の、最後の一週間で、わたしと、義姉は、初めて、ひとつに、なれました。
今日は、その、姑を見送った、最後の一週間と、義姉との関係の変化を、お伝えします。
「義家族との、看取り」「ぎくしゃくした、義姉妹との関係」に、悩んでいる方に、ひとつの参考に、なれば、と思います。
なお、看取りや、義家族との関係は、ご家庭ごとに、本当に違います。あくまで、わたし個人の、体験として、お読みください。
35年、ぎくしゃくしていた、義姉とわたし
姑には、ふたりの子どもが、いました。
長女の、義姉(72歳)と、長男の、わたしの夫(67歳)。
わたしは、夫の妻として、姑とは、35年、おつき合いを、してきました。
義姉とは、結婚以来、35年。
ですが、義姉とわたしは、ずっと、ぼんやりとした、距離感が、ありました。
義姉は、姑の、長女として、姑のことを、いちばん、よく、知っている。 わたしは、嫁として、後から、家族に、入った。
義姉は、わたしに、ときどき、こう、言いました。
「あなたは、お母さんの、本当の苦労を、知らないでしょう」
その言葉に、わたしは、ぼんやりと、傷ついて、義姉とは、距離を、置いて、きました。
年に、1〜2回、姑の家で、顔を、合わせるくらい。 それ以上、深く、関わることは、ありませんでした。
姑の、容態が、急変した日
姑は、3年前から、要介護3で、施設に、入って、いました。
別記事(義実家への帰省を半分に減らした年、夫婦で決めたこと)にも書いた、姑との、ゆるやかな、関わり。
ある日、施設から、夫に、電話が、ありました。
「お母さまの、容態が、急に、悪くなりました。ご家族で、お集まりください」
夫と、わたしは、すぐに、施設に、駆けつけました。
義姉も、駆けつけて、きました。
お医者さんから、こう、説明が、ありました。
「もう、長くは、ないかもしれません。あと、一週間、もつか、どうか」
姑の、最後が、近づいて、いました。
最後の一週間、義姉と、交代で、付き添う
姑の、最後の一週間。
夫は、仕事の、調整が、つかず、平日は、なかなか、付き添えませんでした。
そこで、わたしと、義姉が、二人で、交代しながら、姑のそばに、付き添うことに、なりました。
- 午前は、義姉
- 午後は、わたし
- 夜は、交代で
最初は、義姉と、二人で、付き添うのは、ちょっと、気まずい、と、思って、いました。
ですが、姑のそばで、二人、過ごすうちに、わたしと義姉は、ぽつぽつ、話すように、なりました。
義姉が、初めて、わたしに、見せた、姿
ある日の、午後。
わたしと、義姉が、二人で、姑のそばに、いたときのこと。
義姉が、姑の手を、握りながら、ぽつりと、こう、言いました。
「わたしね、お母さんに、ずっと、甘えられなかったの」
わたしは、驚いて、義姉の顔を、見ました。
義姉は、続けました。
「長女だから、しっかり、しなきゃって、ずっと、頑張ってきた。お母さんに、弱音を、吐けなかった」
「あなたは、嫁だから、お母さんに、気を、使いながらも、ちょっと、距離を、置いて、付き合えた。それが、わたし、ずっと、羨ましかったの」
義姉の、目から、涙が、こぼれて、いました。
35年、ぎくしゃくしていた、義姉。
その義姉が、初めて、わたしに、本音を、見せてくれた、瞬間でした。
わたしは、義姉の手を、握って、こう、伝えました。
「お義姉さん、知らなかった。お義姉さんが、そんなに、頑張って、きたこと」
「わたし、お義姉さんに、『本当の苦労を知らない』って、言われて、ずっと、距離を、置いてた。でも、お義姉さんこそ、いちばん、しんどかったんですね」
義姉と、わたしは、姑のそばで、二人、泣きました。
姑が、旅立った日
姑が、旅立ったのは、容態が、急変してから、6日目の、明け方でした。
その夜は、わたしと、義姉が、二人で、姑のそばに、付き添って、いました。
姑は、眠るように、静かに、息を、引き取りました。
最後の瞬間、わたしと、義姉は、二人で、姑の手を、片方ずつ、握って、いました。
義姉が、姑に、こう、語りかけました。
「お母さん、ありがとう。長女として、ちゃんと、育ててくれて」
わたしも、姑に、語りかけました。
「お義母さん、35年、本当に、ありがとうございました。嫁として、迎えてくれて」
姑は、ふたりの娘に、看取られて、旅立ちました。
長女の、義姉と、嫁の、わたし。
二人に、看取られて、姑は、きっと、しあわせ、だったと、思います。
姑が、最後に、遺してくれたもの
姑の、最後の一週間。
それは、姑が、わたしと、義姉に、最後に、遺してくれた、いちばんの、贈り物でした。
35年、ぎくしゃくしていた、義姉とわたし。
姑の、最後の一週間で、わたしと義姉は、初めて、お互いの、本音を、知って、初めて、ひとつに、なれました。
姑は、自分の、最後の時間を、使って、長女と、嫁の、わたしたちを、結びつけて、くれた。
そう、わたしは、感じています。
姑の、お葬式のあと、義姉が、わたしに、こう、言いました。
「由紀子さん、これからは、お母さんの分も、ふたりで、仲良く、しましょうね」
わたしは、義姉の手を、握って、頷きました。
35年かかって、わたしと義姉は、ようやく、本当の、姉妹のような、関係に、なれました。
同じ立場の方へ
もし、いま、義家族との、看取りや、ぎくしゃくした、義姉妹との関係に、悩んでいる方が、いらっしゃるなら、申し上げたいことが、2つ、あります。
ひとつめ: 看取りの時間は、家族を、結び直す時間
親(義親)の、看取りの時間は、本当に、つらい時間です。
ですが、その時間は、家族が、それまでの、わだかまりを、ほどいて、結び直す、大事な時間でも、あります。
わたしと義姉が、35年かかって、ひとつになれたのも、姑の、看取りの時間が、あったから、です。
ふたつめ: 相手にも、見えない、苦労が、ある
わたしは、義姉のことを、「お母さんの長女として、恵まれている」と、ぼんやり、思って、いました。
ですが、義姉には、義姉の、長女としての、しんどさが、ありました。
相手にも、見えない、苦労が、ある。
それを、知ることで、35年の、わだかまりが、ほどけました。
さいごに
姑を、義姉と、二人で、見送った、最後の一週間。
それは、わたしと、義姉が、35年かかって、ようやく、ひとつに、なれた、大事な時間でした。
姑が、最後に、遺してくれた、いちばんの、贈り物。
それは、義姉との、本当の、絆、でした。
お義母さん、ありがとうございました。 これからは、お義姉さんと、ふたりで、お義母さんの分も、仲良く、生きていきます。
なお、看取りや、義家族との関係は、ご家庭ごとに違います。あくまで、わたし個人の、体験として、お読みいただけたら、と思います。
この話を分かち合う