= COLUMN =
68歳、孫に会う頻度が減って気づいたこと
息子夫婦の子どもが、小学校に上がってから、わたしと会う頻度がぐっと減りました。月に1回は来ていた孫が、3ヶ月に1回になり、半年に1回になりました。最初は寂しさだけで動けなかったわたしが、半年かけてたどり着いた、孫との新しい距離感の話です。
68歳になって、わたしは「孫離れ」のさみしさを、初めて、はっきり感じました。
3年前まで、息子夫婦の子ども(7歳の女の子)は、月に1回、必ずわたしの家に来ていました。
息子と嫁が共働きで、土曜日に二人で出かけたい時、孫を預けてくれていたのです。
わたしは、その月1回の土曜日が、本当に楽しみでした。
絵本を読んで、おやつを作って、お庭で遊んで、夕方には息子夫婦が迎えに来る。 家の中が、孫の声で明るくなる、その一日が、わたしの月の中心でした。
その孫が、小学校に上がってから、急に来なくなりました。
最初は3ヶ月に1回。 次は半年に1回。 最近は、月1だったのが、いつ最後に会ったか、すぐには思い出せないくらいになりました。
寂しい、というよりも、最初は「何が起きたんだろう」という戸惑いでした。
その戸惑いから、半年かけて、わたしがたどり着いた気持ちを、今日は書きたいと思います。
孫が来なくなった、最初の3ヶ月
孫が小学校1年生になった春、最初の数ヶ月、孫はまだ何回かわたしの家に来ていました。
ところが、夏休みが終わった頃から、ぱったり来なくなりました。
息子に電話で聞くと、こんな答えでした。
「ばあちゃん、亜美(孫)、土曜日は塾と習い事で、もう自由な日がほとんどないんだよ。それに、友達と遊ぶ約束がいつも入ってるみたいで」
7歳の女の子が、もう「自分の予定」を持ち始めていたのです。
わたしは、その時、心の中で、こう思いました。
「もう、わたしの順番は、終わったんだな」
7歳で、すでに、おばあちゃんの優先順位は、お友達と習い事の下になっていたのです。
これは、わたしには、思っていたよりこたえました。
夫に話すと、夫は「子どもなんてそんなもんだよ」と、あっさり言いました。
夫は、孫との関わりが、もともとそれほど深くなかったので、平気そうでした。
ですが、わたしには、月1回の孫が、人生の中心のひとつだったのです。
それが、急に、消えました。
寂しさの中で、わたしがやってしまった失敗
最初の3ヶ月、わたしは寂しさを抱えて、息子と嫁に「失敗の連絡」を、何度かしてしまいました。
「亜美ちゃん、最近、おばあちゃんの家に来ないわね。元気にしてる?」
メッセージは、悪気なく送ったつもりでした。
ですが、嫁から、こんな返事が来ました。
「亜美は元気です。ただ、最近本当に忙しくて。気を遣わせてしまってすみません」
「気を遣わせて、すみません」
その「すみません」が、わたしの胸に刺さりました。
わたしは、嫁にプレッシャーをかけていたのです。
孫が忙しいのは、嫁の責任ではありません。 それなのに、わたしが「会いに来ない」と書くことで、嫁に「ごめんなさい」を言わせてしまった。
それから1週間、わたしは反省して、息子と嫁に、孫のことで連絡するのを、止めました。
半年経って、夫が言ったこと
寂しさが落ち着いてきた半年後、ある夜、夫がぽつりと、こう言いました。
「お前さ、最近、亜美の話、しないな」
わたしは「もう、しないことにしたの」と答えました。
夫は、しばらく黙ってから、こう続けました。
「俺、こう思うんだけどさ。お前が亜美に会いたいから、息子たちにプレッシャーかけるんじゃなくて、お前から亜美に『会えない時の楽しみ方』を提案してみたらどうかな」
え、と聞き返すと、夫はこう言いました。
「直接会う代わりに、絵本を郵送するとか、年に4回くらい、亜美に手紙を書くとか。亜美が小学生だから、もう手紙、読めるだろう?」
その夜から、わたしの孫との関係が、変わり始めました。
わたしが始めた「孫への手紙」
その翌週から、わたしは、孫への手紙を書き始めました。
季節の変わり目に1通(年に4回)。
季節の挨拶と、お庭の花の話と、おじいちゃんの近況と、わたしの近況を、A4の便箋1枚に書きました。
孫はまだ7歳なので、漢字には全部ふりがなを振りました。
最後に、こう書きました。
「亜美ちゃんが返事を書いてくれたら、ばあばはうれしいけど、書けない日もあると思うので、書きたい時だけでいいよ」
最初の手紙を投函してから、3日後、嫁から電話がありました。
「お義母さん、亜美が、お義母さんの手紙、すごく喜んで、何度も読んでます。返事を一生懸命書いてるんですけど、まだ字がそんなにうまく書けなくて、時間がかかってて」
数日後、A4の半分に、孫の不器用な字で、「ばあばへ ありがとう」とだけ書かれた手紙が届きました。
わたしは、その手紙を、玄関のコルクボードに貼って、夫と二人で、何度も眺めました。
手紙のいいところ
会う頻度が減った代わりに、手紙でつながる、というのは、わたしには本当に合っていました。
理由が、3つあります。
ひとつめは、孫の都合に左右されないことです。 手紙は、わたしが書きたい時に書いて、孫が読みたい時に読む。お互いのスケジュールに合わせる必要がありません。
ふたつめは、嫁に気を遣わせないことです。 「会いに来てください」とは違って、「手紙を書きました」は、相手にプレッシャーをかけません。
みっつめは、形として残ることです。 わたしの手紙は、嫁が孫のために、ファイルに綴じてくれているそうです。孫が大きくなった時、それを読み返してくれる日が来るかもしれません。
毎月会うのと、年に4回手紙を書くのと、孫との関係の深さは、どちらが上か、わたしには言えません。
ただ、いまの孫の年齢には、手紙のほうが、合っているのかもしれない、と感じています。
「孫離れ」は、孫の成長
68歳になって、わたしが受け止めたのは、孫が「子どもからおとなの一歩」を踏み出している、ということでした。
7歳の子どもは、もう、おばあちゃんが世界の中心ではありません。 お友達、習い事、好きな本、自分の好きな時間。 そういう「自分の世界」を、少しずつ作り始めているのです。
それは、おばあちゃんとの関係が薄くなった、ということではなく、孫が、新しい世界に旅立っているサインなのです。
68歳のわたしが、それを引きとめてはいけない、ということでした。
孫の世界が広がるたびに、おばあちゃんとの時間は、相対的に小さくなる。 それは、寂しいけれど、孫の成長そのものなのです。
母親であった40代、50代の頃も、わたしは息子から少しずつ離れていきました。 今度は、おばあちゃんとして、孫から離れていく番なのです。
そう思うと、寂しさが、少し違うかたちに、変わっていきました。
いまの、孫との距離
孫は今、8歳です。
わたしが手紙を書き始めて、1年半が経ちました。
孫とは、年に2、3回、会えます(主に夏休みとお正月)。 わたしから孫へは、年に4回、季節の手紙を出します。 孫からわたしへは、年に2回くらい、お返事の手紙が来ます。
LINEはやっていません。嫁が「電話やLINEだと、亜美が気を散らすので」と言うので、それは控えています。
会う頻度は、月1から年2、3回に減りました。 でも、わたしの中の「孫の存在感」は、たぶん、月1で会っていた頃と、それほど変わりません。
会わない日にも、手紙を書きながら、孫のことを考えるからです。
68歳の孫離れ、悪くないと思えるようになるまで
最初の3ヶ月、わたしは寂しさだけで動けませんでした。 夫のひと言で、手紙という形に、自分の気持ちを変えていきました。 半年経って、孫の成長と、わたし自身の世代の役割を、ぼんやり受け止め始めました。 1年半経った今、孫離れは「悪くない時間」だと、思えるようになりました。
68歳のわたしの今のテーマは、孫だけではありません。
夫との時間、自分自身の趣味、近所の友人2人とのお茶、母の介護。 孫が来ない時間に、わたしには、ほかにやりたいことが、いくつか出てきました。
それは、孫が月1で来ていた頃には、見えなかったことでした。
孫が、わたしの世界の中心でなくなったから、わたしの世界の他のものが、見えるようになったのです。
同じ寂しさを抱える方へ
もし、いま、孫に会う頻度が減って、戸惑っている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、ふたつあります。
ひとつめは、息子や嫁に「会いに来て」と言うのは、なるべく控えること、です。 おばあちゃんの寂しさを、息子夫婦に背負わせると、夫婦の負担になります。それより、おばあちゃんから一方的に届く「軽い愛情」(手紙、絵本の郵送、写真の同封など)のほうが、相手にやさしいです。
ふたつめは、孫離れは、孫の成長のサイン、と受け止めること、です。 寂しさは、決して間違った感情ではありません。ただ、寂しさを根拠に動くと、家族の関係に小さなひびが入ります。寂しさを抱えながら、新しい関わり方を作っていく。これが、68歳のわたしのいま、たどり着いた答えです。
孫が大きくなって、もしいつか、わたしの家にひとりで遊びに来てくれる日が来たら、それはまた、別のよろこびになるはずです。
それまで、わたしは、年に4回、手紙を書き続けます。
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