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友人がうちに泊まった夜、20年ぶりに語ったわたしたちの本当の話
20年ぶりに会った大学時代の親友が、わたしの家に1泊しました。その夜、リビングで日付が変わるまで話した、20年で初めて語った話。62歳のわたしと、彼女が、お互いの『隠してきたこと』を、初めて吐き出した夜の記録です。
去年の秋、大学時代の親友が、わたしの家に泊まりました。
20年ぶりに会う友人でした。
62歳のわたしと、61歳の彼女。 大学を卒業して以来、たまに年賀状のやりとりはありましたが、会うのは20年ぶり。 それぞれが結婚して、子育てして、引っ越して、なんとなく疎遠になっていました。
彼女の夫が定年退職して、夫婦旅行で東京に来る、その間の1泊だけ、わたしの家に泊まってくれることになったのです。
その夜、わたしたちは、リビングのソファで、日付が変わるまで話しました。
20年で初めて、お互いに「ずっと隠してきたこと」を、吐き出した夜でした。
今日は、その夜のことを、書きたいと思います。
玄関で再会した瞬間
夕方6時、玄関のチャイムが鳴って、彼女が立っていました。
20年ぶりに見た顔は、年齢相応に、白髪も増え、目元のしわも、深くなっていました。
ですが、笑った瞬間の顔は、20年前と、まったく同じでした。
「久しぶり」 「久しぶり」
ふたりとも、それしか言えませんでした。
20年の時間を、最初の3秒で、埋められるはずがないのです。
夫(同年代)も玄関で迎えてくれて、簡単に挨拶を交わしました。 そのあと、夫は、わたしたちふたりの時間を作るために、自分の書斎に引っ込んでくれました。
40年連れ添った夫の、こういう気の遣い方が、ありがたかったです。
夕食までの2時間、「最近の話」だけ
夕食までの2時間、わたしたちは「最近の話」をしました。
お互いの夫の退職のこと。 お互いの子どもが、いま何歳で、結婚しているかどうか。 お互いの体調や、最近始めた習い事。
表面的な、明るい話ばかりでした。
20年ぶりに会った友人と、いきなり深い話を始めるのは、たぶん、難しい。 2時間、軽い話で、お互いに距離感をはかっていた、というのが、近い気がします。
夕食を一緒に作った1時間
7時頃、わたしたちは、台所に立って、夕食を一緒に作りました。
特別な料理ではなく、ふたりで思いついたものを並べました。
- 鶏のから揚げ
- 大根サラダ
- お味噌汁
- ご飯
- 冷えた缶ビール(夫の分も)
20年ぶりの友人と、台所に立つというのは、不思議な感覚でした。
40年前の大学時代、わたしたちはよく、彼女のアパートで一緒に夕食を作っていました。 ふたりとも料理は下手で、毎回失敗していました。
その時の手の動きが、40年ぶりに、自然と、戻ってきました。
「あなた、まだ油の温度、目で見て判断してるの?」 「あなた、まだ大根のサラダ、皮ごと刻むの?」
40年前の癖を、お互いに覚えていました。
それだけで、わたしたちの距離は、ぐっと縮まりました。
夫が寝た、夜の10時から
夕食後、夫はテレビをぼんやり見て、夜10時に「先に寝るね」と書斎の隣の小さな部屋に入りました。
夫の気遣いでした。 「ふたりで、ゆっくり話せ」ということです。
リビングに残ったのは、わたしと彼女のふたり。
ソファに、ふたり並んで座って、缶ビールを開けました。
ここから、わたしたちの本当の会話が、始まりました。
彼女が、最初に話したこと
彼女が、最初に話してくれたのは、こんなことでした。
「実はね。10年前、わたし、夫と離婚しかけたの。話してなかったよね」
え、と、わたしは絶句しました。
彼女と彼女のご主人は、わたしたちの結婚式にも来てくれて、その後の年賀状でも、いつも「家族みんな元気です」と書いてくれていました。
その10年前、わたしの知らないところで、彼女は離婚を考えていた、というのです。
「子どもが大学生で、夫の浮気が分かって、調停までいったの。半年で、結局戻ったんだけど、その半年のあいだ、誰にも言えなかった。あなたにも、誰にも、言えなかった」
彼女は、わたしの目を見て、ゆっくり、話してくれました。
「いま、こうやってあなたと話してると、なんで、あの時、あなたに電話しなかったんだろうって、思う。あなたなら、聞いてくれたのに」
わたしは、しばらく、何も言えませんでした。
20年、わたしと彼女は、「お互いに元気そうだ」と思い合いながら、お互いの本当を、ぜんぶ、見えていなかったのです。
わたしも、初めて話したこと
彼女の話を聞いて、わたしも、20年隠してきたことを、初めて、彼女に話しました。
「実は、わたし、3年前、本気で離婚を考えてたの」
(別記事「熟年離婚を真剣に考えて、3年かけてやめた話」に詳しく書きました)
「離婚相談所に2回行って、年金分割の試算もして、それから夫に打ち明けて、半年実験して、いまは関係が変わった」
彼女は、わたしの話を、最後まで、ゆっくり聞いてくれました。
そして、こう言いました。
「ぜんぜん知らなかった。あなた、3年前、ぜんぜん大丈夫そうにしてたよ」
「年賀状にも、何も書かなかったから」
ふたりで、笑いました。
20年、わたしたちは、お互いに「大丈夫そう」を演じ合っていたのです。 そして、それぞれが、ひとりで、いちばんつらいことを、抱えていたのです。
親が亡くなったときの話
夜中の12時を過ぎて、わたしたちは、それぞれの親が亡くなったときの話をしました。
彼女のお母様は、2年前に、急に逝かれたそうです。
「葬儀のあと、わたし、3ヶ月、起き上がれなかったの。誰にも言わなかったけど」
わたしも、わたしの父が亡くなったときの話を、彼女に話しました。
(別記事「父が亡くなった日、母とふたりで台所に立った2時間」に書いた話です)
ふたりとも、親を亡くした時期が、ほぼ同じでした。 ですが、それを年賀状でやりとりしていたとき、わたしたちは、お互いに「お悔やみ申し上げます」の一文だけで、そこから何も、語らなかったのです。
「あの時、電話してくれてたら、わたし、たぶん、起き上がれてたよ」
彼女が、そう言いました。
わたしも、同じことを、思いました。
「あの時、わたしも、誰かと話したかった。あなたが、ふと電話くれてたら、わたしも違ったかも」
20年で、お互いに、何度も、相手を必要としていた時期が、あったのです。
ですが、わたしたちは「お互いに大丈夫そう」と思い込んで、声をかけ合うことを、しなかった。
これが、20年の友人関係の、いちばんの落とし穴だったのです。
夜中の2時、彼女が言ったこと
夜中の2時頃、缶ビールも3本目で、わたしたちはだいぶ眠かったです。
寝る前、彼女がふと、こう言いました。
「これから、年に1回でも、会わない?」
「20年もたまる前に、ちゃんと、会わない?」
わたしは、こう答えました。
「うん、会いたい」
「次は、わたしがあなたの街に行くね」
それだけ約束して、わたしたちは、それぞれの寝室に向かいました。
1年経って、月1のLINEと、半年に1回の電話
それから1年。
彼女とは、月に1回、LINEで近況を送り合うようになりました。 半年に1回、長電話します。 そして、年に1回、どちらかの街に泊まりに行く約束です。
20年ぶりに会って、ようやく「本当の親友」に戻れたのかもしれません。
そして、いま思うのは、20年のあいだ、わたしと彼女は「親友のかけら」だけで、つながっていたのです。 本物の親友としては、20年、お互いに、不在だったのです。
その20年の不在を、あの夜の4時間で、ようやく、埋めることができた。
それは、彼女が泊まりに来てくれた、夫が気を遣って書斎に引っ込んでくれた、お互いに缶ビールを3本ずつ開けた、いろんな偶然と、勇気が、重なって起きた、奇跡のような夜でした。
同じ「20年疎遠の親友」がいる方へ
もし、いま、20年、30年、疎遠になっている親友がいる方がいらっしゃるなら、申し上げたいことがあります。
年賀状の「お元気ですか」だけで、終わらせないでください。
一度、会えるなら、会ってください。 できれば、1泊、お泊まりしてもらえる関係なら、それがいちばんです。 4時間、缶ビール1本で、20年の重なりを、ふたりで、ほどけるからです。
20年、お互いに「大丈夫そう」と思い込んで、お互いに、いちばんつらいときに、声をかけ合わなかった、わたしたち。 それを、62歳のいま、もう一度、やり直そうとしています。
会えるうちに、会ってください。 そして、一度、深く話してください。
20年が、たぶん、4時間で、戻ります。
少なくとも、わたしと彼女の場合は、戻りました。
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