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相続放棄後3年で気づいた、本当に失ったもの
母の借金で相続放棄をしてから、3年が経ちました。手続きは無事に終わり、借金からも解放されました。ですが、3年経って、わたしは思いがけないものを、失っていたことに気づきました。それは、書類でも、お金でもなく、もっと、深いところにあるものでした。65歳のいま、振り返って書きます。
母が亡くなって、母の借金200万円を発見し、わたしと弟は、相続放棄を、選びました。
別記事(相続放棄って何を失う?母の借金で悩んだ夏のこと、相続放棄の3ヶ月、わたしが娘と作った週ごとのタイムライン)に書いた、わたしの3年前の決断です。
手続きは、無事に終わりました。 借金からも、解放されました。 家庭裁判所からの「相続放棄申述受理通知書」も、ちゃんと、引き出しにしまっています。
ですが、3年経って、わたしは、思いがけないものを、失っていたことに、気づきました。
それは、書類でも、お金でもなく、もっと、深いところにある、ものでした。
今日は、その「失ったもの」と、3年で気づいたことを、書きたいと思います。
失ったもの①: 実家のあった場所への、心の帰り道
3年前、わたしと弟は、実家を、放棄しました。
実家は、相続放棄と同時に、家庭裁判所が選任した「相続財産管理人」を経由して、最終的に、別の方に、所有権が、移りました。
3年経って、わたしは、実家のあった場所の近くを、車で通ることが、あります。
ですが、もう、わたしの実家は、ありません。
新しい持ち主の方が、家を建て直して、ぜんぜん違う見た目の家が、建っています。
そこに、わたしは、もう、入れません。 窓の中を、のぞくことも、できません。
それは、知っていました。 覚悟していました。
ですが、3年経って、ふと、こう感じることがあります。
「実家のあった場所への、心の帰り道が、なくなってしまった」
何かつらいことがあったとき、ふと、実家のことを、思い出すことが、あります。 40代の頃、5月の連休に、母とふたりで縁側に座って、お茶を飲んだ午後のこと。 小学生の頃、夏休みに、庭で、父と一緒に金魚を放した日のこと。
これらの記憶は、わたしの中に、ずっとあります。
ですが、その記憶を、「あの場所」と結びつける、物理的な家が、もう、ありません。
それが、思っていたより、寂しいことだったのです。
失ったもの②: 母の遺品の、ほとんど
実家を放棄したことで、わたしは、母の遺品の、ほとんども、失いました。
形見分けで、わたしと弟が、持ち帰ったのは、こんなものでした。
- 母の振袖、母の手作りのクリスマスツリー、母のアルバム、母が編んだセーター3着(わたし)
- 母の万年筆、母の眼鏡(弟)
これらは、いま、わたしの家と、弟の家に、大事に保管されています。
ですが、それ以外の、たくさんの母の遺品は、相続財産管理人さんの手で、処分されました。
- 母が結婚した時の鏡台
- 母が、わたしの七五三のときに作ってくれた、千歳飴の袋
- 母が、わたしが小学校1年生のときに買ってくれた、絵本
- 母が、母自身の母(わたしの祖母)から受け継いだ、桐の箪笥
- 母が、毎朝使っていた、湯のみ
ぜんぶ、母とわたしを、強くつなぐ品物でした。
3年経って、ふと、これらの物が、いまも、わたしの家にあったら、と、思うことが、あります。
「もったいなかった」のではありません。 「もう、触れない」のが、寂しいのです。
失ったもの③: 母が亡くなった日の、台所の風景
これは、いちばん、寂しいことかも、しれません。
別記事(父が亡くなった日、母とふたりで台所に立った2時間)に書いた、父が亡くなった日の夜、母とわたしが、お赤飯を炊いた、あの実家の台所。
あの台所は、もう、ありません。
新しい持ち主の方が、家を建て直したからです。
3年経って、ふと、あの台所のことを、思い出すことが、あります。
母と並んで、お赤飯を炊いた、あの夕方の風景。 母が「お父さん、おかえり」と、お父さんの遺影に話しかけた、あの夜のこと。
それらは、わたしの記憶の中に、確かにあります。
ですが、その記憶を「再訪」する場所が、もう、ありません。
これが、相続放棄して、3年経って、いちばん、深く感じている、喪失です。
それでも、相続放棄を、選んだことは、後悔していない
ここまで書くと、「相続放棄を、後悔しているのか」と、聞かれそうです。
正直に書くと、後悔は、ありません。
200万円の借金を背負って、毎月返済し続ける老後を、わたしは、選びませんでした。 500万円のリフォームをして、誰も住まない実家を維持し続ける老後も、選びませんでした。
3年前の決断は、わたしと弟にとって、間違いなく、正しい選択でした。
ただ、それと同時に、「失ったもの」も、確かに、あります。
そして、その「失ったもの」を、ちゃんと、見つめることが、3年経って、わたしにとって、大事なことに、なっています。
3年で、わたしがやったこと
「失ったもの」を、補うために、わたしが3年で、やったことを、3つ、お伝えします。
やったこと① 母との思い出を、文字で残す
母が住んでいた家、母と過ごした時間、母の言葉、母の手の動き。
これらを、文字で、ノートに残しています。
「実家のあった場所への帰り道」が、なくなった代わりに、文字で、何度でも、その場所を、訪れることができます。
ノートは、もう3冊目に、入っています。
やったこと② 母の写真を、デジタル化して、見やすくしまう
相続放棄前に、業者さんに依頼して、母の写真3,000枚を、デジタル化しました。
いま、これらは、クラウドストレージに、保存されています。
毎月、命日の日(母の命日は7月3日)、わたしは、これらの写真を、夜、ゆっくり見返します。
物理的な実家は失いましたが、母の写真は、ぜんぶ、わたしの手元に、残っています。
やったこと③ 母が亡くなった日と同じことを、自分の家でやる
母が亡くなった日の夜、わたしと母は、お赤飯を炊きました(別記事)。
3年経って、毎年、母の命日に、わたしは、自分の家で、お赤飯を炊きます。
母の代わりに、わたしが、母を思いながら、お赤飯を炊くのです。
これは、母との思い出を「再現」することで、あの台所の風景を、わたしの中に、何度も、呼び戻すことができます。
相続放棄を、これから考える方へ
もし、いま、相続放棄を、検討している方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、3つあります。
ひとつめ、相続放棄は、お金と借金だけでなく、「実家」と「遺品の大半」を、失う、ということ。 これは、物理的な失い、です。 書類に書かれているよりも、後で気づく、深い喪失です。
ふたつめ、ただ、それでも、相続放棄を選ぶ価値がある場合は、ちゃんと、あります。 わたしのように、200万円の借金がある場合、500万円のリフォームが必要な実家がある場合。 失うものはあっても、選ぶ価値が、あります。
みっつめ、相続放棄を選ぶなら、その前に、できる限りの「思い出の保存」を、しておくこと。
- 実家の写真を、たくさん撮る(部屋、庭、台所、寝室、ぜんぶ)
- 親の遺品を、デジタル化(写真スキャン、アルバムスキャン)
- 形見分けで、価値の少ない思い出の品を、持ち帰る
これらを、相続放棄の手続きの前に、進めておくと、3年後の喪失が、少しだけ、軽くなります。
さいごに
相続放棄は、書類上の手続きです。 ですが、その先に、書類には書かれていない、たくさんの「失ったもの」が、あります。
3年経って、ようやく、わたしは、それを、ちゃんと、見つめられるように、なりました。
母の実家は、もう、ありません。 母の遺品の大半は、もう、ありません。 母と過ごした、あの台所は、もう、ありません。
ですが、わたしの中に、母との時間は、ちゃんと、残っています。 そして、その時間を、毎年、命日に、お赤飯で、呼び戻しています。
これからも、母の命日には、必ず、お赤飯を炊きます。
それが、わたしの、相続放棄したあとの、最後の親孝行のかたちです。
なお、相続放棄の判断や手続きは、ご家庭ごとに大きく違います。具体的なご検討は、必ず弁護士、司法書士、または法テラスにご相談ください。
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