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「施設は嫌」と言う88歳の母と、62歳の私
88歳の母は、ずっと「施設には行きたくない」と言い続けてきました。脳梗塞で半身が不自由になった去年の冬、私はとうとう、施設の見学に踏み切らなければならなくなりました。母の「嫌」と、私の「もう無理」と、その間で揺れた、62歳の半年の記録です。介護に直面している同世代の方に、ひとつの参考になればと思います。
「お母さん、ちょっとだけでいいから、見学に行ってみない?」
私が88歳の母に、初めてそう切り出したのは、去年の12月の夕方でした。
母は、こたつから顔も上げずに、こう答えました。
「行かない」
たった3文字でした。
母は、もう20年以上、「施設には絶対行かない」と言い続けてきた人でした。
私の父が亡くなる前から、テレビで老人ホームの番組が流れるたび、「あんな所、私だったら3日でおかしくなる」と言っていたのです。
その母を、施設に入れる話に持っていく。
62歳の私には、これが思っていた以上に、こたえました。
半身不随になった、去年の冬の朝
母が脳梗塞で倒れたのは、去年の11月の朝でした。
ひとり暮らしの母が、夜中にトイレに行こうとして倒れたのを、朝、新聞配達の方が郵便受けの違和感に気づいて、声をかけてくれたのです。
救急車で運ばれ、入院、リハビリ、そして3週間後に退院しました。
退院したときの母は、右の手足が、ほぼ動きませんでした。
歩くのに、4点杖が必要でした。 ご飯は、左手だけでスプーンを使うので、こぼすことが増えました。 夜中のトイレは、ひとりでは行けず、ポータブルトイレが必要でした。
退院後の最初の1週間、私は実家に泊まり込みました。
3日目の朝、私は気づきました。
このままでは、私が壊れる、と。
私と母の、それまでの暮らし
私は、3つ違いの妹と、2人姉妹です。
母は、東京から車で1時間ほどの実家にひとりで住んでいました。父は10年前に他界しています。
私は、車で40分ほどのところに、夫と暮らしています。妹は北海道です。
母の介護は、距離的に、私しか担えませんでした。
それまでも、週に1回、私は実家に通っていました。母の買い物を手伝って、お風呂を見守って、書類を整理して、夕飯を一緒にとって、帰る。
その「週1」が、母が倒れてから「ほぼ毎日」に変わりました。
朝、夫を送り出して、私の家を出る。 車で40分かけて実家に行く。 母の朝食、洗濯、お風呂、リハビリの送迎、夕食まで見て、夜9時に自分の家に帰る。 深夜にトイレで転倒しないか心配で、3時間おきに目が覚める。
これを3週間続けて、私は10kgやせました。
夫からも、「お前の顔色が、ろうそくみたいだぞ」と言われました。
私自身も、62歳で、糖尿病の薬を飲んでいる体です。
このままでは、母より先に、私が倒れる。
それが、12月の半ばに、はっきり見えました。
ケアマネジャーさんの、ひと言
ケアマネジャーさんが、その頃、自宅に来てくれました。
私の顔を見るなり、こう言われました。
「奥さん、今のままだと、4ヶ月ももたないですよ」
私は、台所の椅子に座って、しばらく動けませんでした。
ケアマネさんは、いくつか選択肢を示してくれました。
ひとつめ、24時間の訪問介護を限度額まで使う。 ふたつめ、ショートステイを週の半分使う。 みっつめ、特別養護老人ホームか、有料老人ホームへの入居を検討する。
ひとつめは、母がほぼ寝たきりになった場合の選択肢で、まだ少し早いとのことでした。 ふたつめは、母が「他人の家に泊まるなんて」と言って、最初の1回で拒否することは目に見えていました。 そして、みっつめが、本命でした。
私は、ケアマネさんに、こう聞きました。
「母が、絶対に施設は嫌だと言っているんです。どうしたらいいですか」
ケアマネさんは、しばらく考えてから、こう答えました。
「最初は皆さん、嫌だとおっしゃいます。でも、実際に見学してみると、考えが変わる方も多いんですよ。お母様には、まず『嫌だ』のままでいいので、ただ見学だけ、と言ってみてください」
「見学だけ」と言って3回断られた
12月の終わりから1月にかけて、私は母に3回、見学の話を持ちかけました。
3回とも、「行かない」と断られました。
母は、見学に行ったら、そのまま入れられると思いこんでいたのです。
私は、それでも諦めませんでした。
4回目に、私はこう切り出しました。
「お母さん、私、今、毎日通ってて、本当にしんどいの。お母さんがいやな思いをしてるのは分かるけど、私のために、見学だけ、1回だけ、付き合ってくれない?」
母は、こたつでみかんをむきながら、しばらく黙っていました。
そして、ぽつりと、こう言ったのです。
「あんた、そんなにしんどかったの?」
私は、母の前で、3週間ぶりに泣きました。
母は、それまで、私のしんどさを、本当に知らなかったのです。
私は「お母さんに心配かけたくないから」と、しんどさを毎回隠していました。
その日、母は「見学だけなら、行ってもいい」と言ってくれました。
見学に行ったあとの、母の反応
1月の終わり、私と母は、車で30分のところにある介護付き有料老人ホームに、見学に行きました。
母は、車の中ではむすっとしていました。
ホームに着いて、施設長さんが優しく迎えてくれて、ロビーを案内し、お部屋を見せてくれました。母と同じくらいの年齢の入居者の方が、ロビーでお茶を飲みながら、テレビを見ていました。
母は、ロビーを見ながら、こう言いました。
「思ってたのと、ちょっと違うね」
母の中の「老人ホーム」は、たぶん、20年前のドラマで見たような、暗い相部屋のイメージだったのです。
私たちが見学したホームは、明るくて、お部屋も個室で、廊下には絵が飾ってありました。
帰りの車の中で、母はこう言いました。
「でも、入るとは言ってないからね」
私は「うん、見学だけだったね」と答えました。
その日、私はそれ以上、何も言いませんでした。
半年かけて、母の気持ちが少しずつ動いた
1月の見学のあと、私は急がず、母の様子を見ました。
2月、母は何も言いませんでした。 3月、母がぽつりと「あのホーム、お風呂は週何回だっけ」と聞いてきました。 4月、母が「あそこの食事って、おいしいのかな」と聞きました。 5月、母が「あんたが、もし、本当にしんどいなら、考えてもいいよ」と言いました。
5月の母のひと言で、私は初めて、母が本気で考え始めてくれていることに気づきました。
ここまで、半年かかったのです。
ケアマネさんは、こうおっしゃっていました。
「86歳から88歳のご高齢の方の心が変わるのには、半年から1年かかることが多いです。1回目の見学で『嫌』だったとしても、それは『今は嫌』であって、『一生嫌』ではないんですよ」
その通りでした。
いま、母は5月末に入居予定
去年の冬、私は母を絶対に施設に入れられない、と思っていました。
母が嫌がっているのを、無理に入れるのは、虐待のような気がしていたからです。
でも、半年かけて、母が自分から「考えてもいい」と言ってくれた今、私は「入れる」のではなく「一緒に決めた」と感じています。
今月の末、母は同じホームに入居する予定です。
5/19の今日、私は母と一緒に、入居の最終手続きの書類を見ながら、写真を選んでいます。
母のお部屋の壁に飾る、父との結婚式の写真と、私と妹が小学生の頃の写真と、母が編んだセーターを着ている孫の写真。
母は、写真を選びながら、こう言いました。
「私の人生、写真にすると、結構いい人生だったね」
その言葉で、私は、母がもう、覚悟を決めてくれているのを感じました。
「施設は嫌」と言う親に、悩んでいる方へ
もし、いまこれを読んでくださっている方の親御さんが、「施設は嫌だ」と言って動かないなら、申し上げたいことがふたつあります。
ひとつめは、急がないことです。 お年寄りの心が変わるには、半年から1年かかると、ケアマネさんは言っていました。1回目の「嫌」は、最終回答ではない、と。
ふたつめは、ご自分のしんどさを、隠さないことです。 私の母は、私が毎日通って疲弊しているのを、本当に知りませんでした。「あんたは大丈夫」と、勝手に思っていたのです。 私がしんどさを伝えたとき、母は初めて、自分のことだけでなく、私のことを考え始めてくれました。
お年寄りは、自分のことしか目に入っていない、というのは、半分は本当で、半分は嘘です。
きちんと「子どもの私がつらい」と伝えれば、考え始めてくれる方は、多いと、ケアマネさんも言っていました。
さいごに
62歳の私は、いま、母の入居準備で、毎週末バタバタしています。
これが終わったら、半年ぶりに、夫と温泉旅行に行こうと約束しています。
母を施設に入れることに、まだ罪悪感が、少しあります。
でも、罪悪感より、母と私の両方が、最後に「いい時間」を持てるほうが、大事だと、いまは思っています。
毎日くたびれて顔色がろうそくのようだった私が、月に2回だけホームに会いに行く娘になることで、母の前で、笑える時間が、たぶん増えるのです。
それが、母の最後の数年に、私からできる、いちばんのことかもしれません。
なお、この記事は個人の体験ですので、施設入居の判断や手続きは、ご家族の状況、地域の制度、ケアマネジャーさんとのご相談で大きく変わります。実際の判断は、必ず専門の方とご相談ください。
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