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コラム

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離婚届を書いた夜、わたしが出さなかった理由

ヨバナシ編集部 読了 約4分

62歳の冬、わたしは離婚届に自分の名前を書きました。長年積もった夫への気持ちが、あふれた夜。けれど、その紙は今も、たんすの引き出しにあります。出さなかった理由と、それから3年の夫婦の変化を、65歳のわたしがゆっくりお伝えします。夫婦の岐路に立つ方へ。

わたしの、たんすの、いちばん下の、引き出しに、一枚の、紙が、入っています。

離婚届です。

わたしの、名前だけが、書いてある。

62歳の、冬に、書いたものです。

けれど、その紙は、3年経った今も、出されないまま、引き出しの、奥に、眠っています。

今日は、その、離婚届を、書いた夜と、出さなかった理由の話を、お伝えします。

なお、これは、わたし個人の、体験です。夫婦のことは、ご家庭ごとに、本当に違います。あくまで、ひとつの話として、お読みください。

積もりに、積もった夜

あの夜のことは、今でも、よく、覚えています。

きっかけは、ほんの、小さなことでした。

わたしが、風邪で、寝込んでいたのに、夫は、「メシは?」と、言ったのです。

熱を、出して、寝ている、妻に、ごはんの、心配。

その、ひとことで、長年、積もっていたものが、あふれました。

子育ても、親の介護も、家のことも、ぜんぶ、わたし任せ。

「ありがとう」の、ひとことも、ない。

そういう、40年分の、思いが、いっぺんに、噴き出したのです。

わたしは、その夜、市役所で、もらっておいた、離婚届を、取り出して、自分の名前を、書きました。

手が、震えて、いました。

でも、書き終えたとき、不思議と、心は、静かでした。

出そうと、思えば、出せた

名前を、書いた、離婚届を、前に、わたしは、考えました。

これを、出したら、どうなるか。

夫は、おどろくだろう。 子どもたちも、おどろくだろう。 それから、わたしは、ひとりに、なる。

別記事(熟年離婚を真剣に考えて、3年かけてやめた話)を、書いた方のように、わたしも、何度も、何度も、考えました。

出そうと、思えば、出せる。

あとは、判を、押して、市役所に、持っていくだけ。

けれど、わたしは、その夜、出しませんでした。

出さなかった、理由

なぜ、出さなかったのか。

こわかったから、では、ありません。

書き終えて、静かになった、頭で、考えたとき、気づいたことが、あったのです。

わたしが、本当に、ほしいのは、離婚では、ないのかもしれない。

わたしが、ほしかったのは、「ありがとう」の、ひとこと。

わたしを、家政婦では、なく、ひとりの、人間として、見てほしい。

ただ、それだけ、だったのかもしれない。

離婚は、その手段の、ひとつでは、あるけれど、唯一の、道では、ない。

そう、思ったとき、わたしは、離婚届を、引き出しに、しまいました。

「捨てる」のでは、なく、「しまう」。

そこに、わたしの、答えが、ありました。

引き出しの、離婚届は、お守り

それから、わたしは、少しずつ、夫に、伝えることに、しました。

「わたしは、家政婦じゃ、ないのよ」 「『ありがとう』って、言ってほしいの」

別記事(『もう一緒に暮らせない』を夫に伝えた60代妻の一言と準備)に書かれているように、気持ちを、言葉にして、伝えるのは、勇気が、いります。

でも、引き出しに、離婚届が、あると思うと、不思議と、言えました。

「いざとなったら、わたしには、あの紙が、ある」

そう思うと、夫に、遠慮なく、本音が、言えたのです。

離婚届は、いつのまにか、わたしの、お守りに、なっていました。

3年経って、変わったこと

あれから、3年。

夫は、少しずつ、変わりました。

「メシは?」が、「今日は、俺が、買ってくるよ」に、なった日。

ぶっきらぼうに、「ありがとな」と、言った日。

もちろん、急に、別人には、なりません。

言っても、伝わらない日も、たくさん、あります。

それでも、わたしが、本音を、言えるように、なってから、夫婦の、空気は、確かに、変わりました。

別記事(熟年離婚して後悔する人、しない人の違い)にも、あるように、大切なのは、自分で、納得して、選ぶこと。

わたしは、「出さない」ことを、自分で、選びました。

だから、後悔は、していません。

引き出しの紙が、教えてくれたこと

今も、たんすの、引き出しには、あの、離婚届が、あります。

ときどき、思い出しては、そっと、引き出しを、開けることが、あります。

あの紙は、わたしに、教えてくれます。

わたしは、我慢して、ここに、いるのでは、ない。

自分で、選んで、ここに、いるのだ、と。

その違いは、とても、大きいのです。

同じ、毎日でも、「選んで、いる」と思えると、心は、ずっと、軽くなります。

さいごに

62歳の冬、わたしは、離婚届に、名前を、書きました。

けれど、出しませんでした。

わたしが、本当に、ほしかったのは、離婚では、なく、ひとりの、人間として、大切に、されること、だったからです。

引き出しの、離婚届は、今では、わたしの、お守りです。

「いざとなったら、選べる」と思えることが、わたしに、本音を、言う勇気を、くれました。

今、夫婦の、岐路に、立っている方が、いたら。

出すことも、出さないことも、どちらも、あなたが、選んで、いいのです。

大切なのは、我慢では、なく、自分で、選ぶこと。

あなたが、納得できる道が、見つかりますように。

熟年離婚の、全体像を、知りたい方は、別記事(熟年離婚を考えはじめた50〜60代妻の完全ガイド)も、あわせて、ご覧ください。

なお、夫婦・家族の選択は、ご家庭ごとに本当に違います。離婚の手続きや、お金のことは、必ず、弁護士などの、専門家に、ご相談ください。

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