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親への『ありがとう』を1日1回、続けて1年経った話
去年の春から、わたしは87歳の母に、1日1回『ありがとう』を伝える、というささやかな試みを始めました。母の介護で疲れていた62歳のわたしの、自分への小さな提案でした。1年経って、わたしと母の関係に、確かに何かが起きました。声に出すだけの『ありがとう』が、母と娘の最後の数年を、温めてくれた話を、書きます。
去年の春、わたしは、87歳の母に、ある小さな試みを始めました。
「1日1回、母に『ありがとう』を伝える」
ただ、それだけの、ささやかな試みでした。
理由は、母の介護に、わたしが疲れていたからでした。
母は要介護2で、週3回、わたしが実家に通って、家事と買い物を手伝っていました。 朝の電車に乗って、実家に着いて、母の様子を見て、家事をして、夕方には帰る。 週3回それを繰り返して、わたしの中の、母への気持ちが、だんだん「やらなければならない義務」に、変わっていたのです。
母を、嫌いになりたくない。 母との最後の数年を、義務感で終わらせたくない。
そう思って、わたしは、思いきって、自分にあるルールを課しました。
「1日1回、母に『ありがとう』を、口に出して言う」
たった、それだけ。
それから1年。
母とわたしの関係に、確かに何かが、起きました。
今日は、その1年の話を、書きたいと思います。
はじめての「ありがとう」は、ぎこちなかった
最初の日、わたしは、母の実家の台所で、お茶を入れていました。
母は、ソファに座って、テレビをぼんやり見ていました。
「お母さん」
わたしは、お茶を入れながら、声をかけました。
「あのね、お母さんが昨日、わたしの好きな漬物を残しておいてくれたでしょ。あれ、本当にありがとう」
母は、テレビから目を離さず、こう返しました。
「ああ、そう」
それだけでした。
わたしは、なんとも言えない気持ちで、台所に戻りました。
母には、「ありがとう」が、ちゃんと、届かなかったような気がしました。
ですが、それでも、わたしは、自分に課したルールを、その日、ひとつ果たした、と思いました。
1週間、毎日、何かを見つけて言った
1週間、わたしは、毎日、母に「ありがとう」を伝え続けました。
母が、お茶のお湯加減を覚えていてくれた、ありがとう。 母が、デイサービスから帰る時間を、わたしに電話で教えてくれた、ありがとう。 母が、わたしの息子の写真を、いまも玄関に飾ってくれている、ありがとう。 母が、わたしのために、お赤飯を炊いてくれた朝のこと、いまでも思い出してる、ありがとう。
最初の3日は、母の反応は、薄かったです。 「ああ」「うん」「そう」、そんな短い返事ばかり。
4日目から、母が、ちょっとずつ、目を上げて、わたしを見てくれるようになりました。
そして、7日目、母が、初めて、こう返してくれました。
「あんたは、毎日、よく気づくね」
わたしは、台所で、ふっと、涙が出ました。
「ありがとう」のお返しに、「気づくね」が、返ってきたのです。
1ヶ月、母が変わり始めた
1ヶ月続けて、母の変化は、確かなものになりました。
母が、わたしの帰り際に、必ず、こう言ってくれるようになりました。
「あんた、今日も、ありがとうね」
最初の年、わたしから母に伝えていた「ありがとう」が、1ヶ月で、母からわたしに、返ってくるようになったのです。
それは、本当に、不思議な感覚でした。
「ありがとう」は、一方的に伝えるものではなく、お互いに、まわるものなのだと、わたしは初めて、知りました。
そして、母とわたしの関係が、義務感ではなく、感謝の循環に、変わり始めました。
6ヶ月、母が認知症の症状を見せ始めた
去年の秋頃から、母は、認知症の初期症状を、見せ始めました。
同じ話を、何度も繰り返す。 冷蔵庫の中に、同じものが3つ並ぶ。 電話の相手を、覚えていないことが、増える。
これまでは、わたしも母も、できるだけ普通に過ごしてきましたが、母の中で、何かが、ゆっくり変わり始めていることが、はっきり、見えました。
ですが、不思議なことに、母の中で「あんた、今日も、ありがとうね」という言葉は、消えませんでした。
物忘れは、進んでいるはずなのに、わたしが帰るとき、母は、必ず、その言葉をくれるのです。
母の中の「感謝の習慣」が、たぶん、認知症のさらに奥のところに、しっかり根付いている。
そう、感じます。
1年経って、わたしが思うこと
1年続けて、わたしは、こう感じています。
「ありがとう」は、家族の関係を、温める「水」みたいなもの。
水は、毎日少しずつ注がないと、すぐ枯れます。 ですが、毎日1杯ずつでも、続けて注げば、家族の関係は、ずっと、生き続けます。
特別な日のプレゼントよりも、毎日のささやかな「ありがとう」のほうが、家族の関係を、長く深く、保ってくれるのです。
母の介護で疲れていた62歳のわたしが、ふと始めた「1日1回」が、いまのわたしの、いちばんの支えになっています。
「ありがとう」のネタが、尽きない理由
「1日1回、ありがとうを言う」と決めると、最初は「毎日、何を見つけたらいいか」が、難しいと感じます。
ですが、続けてみると、これは、本当に、尽きないのです。
なぜなら、よく見ていると、母は、毎日、わたしのために、何かを、しているからです。
- お湯のみを、わたしの場所に向けて置いておく
- わたしが好きなお漬物を、残しておく
- わたしが帰る時間に、玄関の電気を、つけてくれる
- 季節の花を、玄関に1輪、飾る(これは、わたしのため、ではなくても、わたしが気持ちよく入ってこれるように)
- わたしの息子(母の孫)の写真を、いまでも、リビングに置いてくれている
ぜんぶ、小さなことです。
ですが、毎日、見つけようと思えば、本当に、いくらでも、出てきます。
母は、わたしのために、毎日、何かを、しているのです。
「ありがとう」が、見つからない日は、本当は、母を見ていない日、なのかもしれません。
親への「ありがとう」を、続けたい方へ
もし、いま、親の介護で疲れていて、親への気持ちが、少し冷えてきている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、ひとつあります。
1日1回、親に「ありがとう」を、口に出して、伝えてみてください。
特別な日でなくても、構いません。 たいしたことでなくても、構いません。
「お母さん、今日のお茶、おいしかった、ありがとう」 「お母さん、わたしが座る場所を、今日も空けておいてくれた、ありがとう」 「お父さん、わたしの靴を、玄関で、まっすぐ並べておいてくれた、ありがとう」
これだけのことで、1ヶ月後、親と、あなたの関係に、何かが起きます。
少なくとも、わたしと母の場合は、起きました。
そして、母が認知症で物忘れが進んでも、「ありがとう」だけは、不思議と、母の中に残ってくれています。
それは、母にとっても、わたしにとっても、たぶん、母の最後の数年で、いちばん大切な、贈り物になっています。
さいごに
母は、いま88歳。
これから、何年、わたしと過ごせるか、わかりません。 ですが、わたしは、これからも、毎日、母に「ありがとう」を伝え続けます。
それが、母と娘の、最後の数年を、いちばん温かいかたちで過ごす、わたしの、ささやかな心構えです。
そして、母が、わたしのことを覚えていられない日が、いつか、来るかもしれません。
そのときも、わたしは、母に「ありがとう」を、伝え続けるつもりです。
母が、覚えていなくても、わたしが、忘れない。
それが、わたしの、母への、最後の親孝行のかたちです。
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