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コラム

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お盆に夫の実家へ行くのが、しんどくなった年のこと

ヨバナシ編集部 読了 約5分

結婚して35年、毎年お盆と正月には、夫の実家に2泊3日で通ってきました。ところが、ある年の夏、お盆の前に、急にしんどくなって、夫に『今年は、行きたくない』と切り出しました。58歳のわたしが、35年続けてきた習慣を、ひとつ手放した夏の話を、お伝えします。

結婚して35年、毎年お盆と正月、わたしと夫は、夫の実家に2泊3日で帰っていました。

新幹線で2時間半。 新幹線代は、ふたりで往復約5万円。 着いたら、義両親へのお土産、義妹家族へのお土産、義甥と義姪へのお小遣い。

時間も、お金も、気力も、けっこう使う、年に2回の儀式でした。

それでも、35年、欠かさず続けてきました。

ところが、3年前の夏、お盆の3日前。 わたしは、急に、しんどくなりました。

新幹線のチケットを取ろうとして、スマホの画面を見つめながら、手が動かなかったのです。

「今年は、行きたくない」

その気持ちが、ふっと、出てきました。

58歳のわたしが、35年続けてきた習慣を、ひとつ手放した夏の話を、書きたいと思います。

急に「しんどい」が来た、その瞬間

それまで、お盆の帰省を、特別「しんどい」と感じたことは、なかったのです。

毎年、当たり前のように、夫の実家に行っていました。 義両親も、そう年を取っていない時期は、出迎えてくれて、楽しい時間もありました。

ところが、3年前の夏、いくつかのことが、重なっていたのです。

  • 義母が、認知症の診断を受けて、半年が経っていた
  • 義妹家族との関係が、お盆のときだけ密接になるので、義妹にも気を遣っていた
  • 義父が、わたしに「親戚への挨拶回りを手伝ってほしい」と毎年お願いするようになっていた
  • 自分自身の母が、その年の春、入院から退院したばかりだった
  • 暑さで、わたし自身、体力が落ちていた

ぜんぶ、小さなことです。 ひとつひとつなら、たぶん、乗り越えられたのです。

ですが、ぜんぶがいっぺんに重なって、お盆の3日前に、急に「もう、いやだ」が、出てきたのです。

夫に話した、夕食後の30分

その夜、夕食後、夫にお茶を入れて、こう切り出しました。

「あなた。お盆、わたし、今年は、行きたくない」

夫は、お茶のカップを置いて、しばらく、わたしの顔を見ていました。

そして、こう聞いてきました。

「何かあったのか」

わたしは、最近のいろんなことを、ひとつずつ、話しました。

義母の認知症で、台所での見守りに気を遣うこと。 義妹に「お姉さんは恵まれてる」と言われ続けて、心の奥に何か残っていること。 義父に親戚回りを毎年頼まれて、義妹がやらない分まで、わたしがやっていること。 わたし自身の母の入院明けで、わたしも気力が足りていないこと。 夏の暑さで、新幹線2時間半が、こたえること。

夫は、お茶を3杯おかわりしながら、最後まで、聞いてくれました。

そして、こう言いました。

「俺、お前のしんどさ、ぜんぜん知らなかった」

「お盆、行かないでいいよ。俺だけ、ひとりで行く」

35年連れ添って、夫がそう言ってくれたのは、初めてでした。

夫がひとりで帰ったお盆

その年のお盆、夫は、ひとりで新幹線に乗りました。

土曜の朝、夫を駅まで車で送って、玄関で見送ったとき、夫はこう言いました。

「3日後に戻る。お前は、家でゆっくりしてろ」

わたしは、玄関で、夫の背中を見送りながら、ふっと泣きました。

35年、お盆と正月、夫の隣にいたわたしが、初めて、ひとりで家にいるお盆。

罪悪感もありました。 ですが、それより、肩の力が抜ける感じが、大きかったです。

そのお盆、わたしは、3日間、家でひとりで過ごしました。

朝、ゆっくり起きて、自分のためだけに朝食を作って、本を読んで、お昼に散歩に行って、夕方、母の家に1時間だけ顔を出して、自分の家に戻って、夕食を食べて、9時に寝る。

3日間が、ほどけるように、ゆっくり流れました。

体の疲れが、ぜんぶ、抜けていきました。

夫が帰ってきて、教えてくれたこと

3日後の夜、夫が、ひとりで帰ってきました。

玄関で、夫はこう言いました。

「ただいま。お袋とお父さん、よろしくって言ってたよ」

そして、リビングに荷物を置いて、こう続けました。

「お袋に、お前のことを話したよ。最近しんどそうにしてるって。お袋、『あら、無理しないでって、伝えて』って」

え、と、わたしは聞き返しました。

「お袋、お前のこと、心配してたんだよ。お前が来ないのを、責めてないよ」

それを聞いて、わたしは、安心しました。

そして、夫は、こう続けました。

「お父さんもさ、『嫁は嫁の体調があるから、無理させるな』って言ってたよ。意外と、ふたりとも、ちゃんと、わかってくれてた」

35年、わたしが心配していた「義両親に申し訳ない」気持ちが、その日、ふっと、軽くなりました。

それから3年、わたしの参加のルール

その夏以来、わたしと夫は、お盆と正月のルールを、変えました。

  • お盆: 夫だけが帰る(1泊2日に短縮)
  • 正月: わたしも一緒に行く(1泊2日に短縮)
  • それ以外: わたしから義母に、月1回、ハガキを送る

つまり、年2回 → 年1回(正月のみ)に、わたしの実家訪問は半分になりました。

ですが、義母とのつながりは、月1回のハガキで、年12回に増えました。

「会う回数」より、「つながりの密度」のほうが、たぶん大事だったのです。

3年経って、義母も認知症が進みましたが、わたしのハガキを受け取るたびに「あら、由紀子さんから」と、家族に話してくれるそうです。

「行きたくない」を、ちゃんと言葉にする勇気

35年、わたしは、「行きたくない」を、自分の中で潰し続けていました。

「お盆も、正月も、嫁の務めだから」 「義両親に、申し訳ないから」 「夫に、迷惑をかけたくないから」

これらの思い込みが、35年、わたしを縛っていました。

ところが、3年前のあの夏、思いきって夫に「しんどい」と話したら、夫も、義両親も、ぜんぜん、責めなかったのです。

むしろ、義母から「無理しないで」が、返ってきました。

「行きたくない」を、隠さず、相手に話してみる。 それだけで、35年の重さが、ふっと、軽くなることがあるのです。

同じ場面で、悩んでいる方へ

もし、いま、お盆や正月の義実家訪問が、しんどくなってきている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、3つあります。

ひとつめ、しんどさを、絶対に、隠さないこと。 最低でも、夫(あるいは妻)には、必ず話してください。「お盆、行きたくない」と、口にしてください。最初は気まずいかもしれませんが、35年連れ添った相手なら、たぶん、ちゃんと聞いてくれます。

ふたつめ、「いきなり、ぜんぶ行かない」ではなく、「部分的に減らす」を試すこと。 わたしのように、「お盆は欠席、正月だけ参加」のような、部分的な変更でも、家族の関係を保ちながら、自分の負担を半分にできます。

みっつめ、義両親の反応を、勝手に決めつけないこと。 わたしは、義両親から「責められる」と思い込んでいました。でも、実際は、義母が「無理しないで」と言ってくれました。義両親も、嫁のしんどさは、たぶん、ちゃんと見ています。「責められる」は、わたしの思い込みでした。

35年続けた習慣を、手放すのは、勇気がいります。

ですが、しんどさを抱えながら35年続けるより、ひとつ手放して、別のかたちで関係を続けるほうが、たぶん、夫婦も、義両親も、嫁のあなたも、最後はみんな、楽になります。

3年前の夏に、わたしが「行きたくない」と言えた、あの夜の30分が、わたしの60代を、ずっと支えてくれています。

なお、義実家との関係や、お盆・正月の風習は、地域やご家庭で大きく違います。それぞれのご事情に合わせて、ご家族と相談しながら、ご無理のないかたちを探してみてください。

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#60代 #義実家 #帰省