= COLUMN =
60代の旅で、ふっと思い出した3つの古い友達の話
65歳のわたしが、夫とふたりで桧枝岐に旅をしたあの3日間に、ふっと、別々の場面で思い出した3人の古い友達のこと。20代の同僚、30代の母仲間、40代のママ友。旅は、なぜか、忘れていた人を思い出させてくれます。旅から帰って、わたしがその3人に出した手紙の話も。
去年の秋、夫とふたりで福島県の桧枝岐(ひのえまた)村に、3泊4日の旅に行きました。
別記事(65歳の夫婦旅行、行ってよかった国内3カ所)にも書いた、本当に静かな山あいの村です。
その3日間、わたしは、ふっと、別々の場面で、3人の古い友達のことを、思い出しました。
20代の頃の、職場の同僚。 30代の頃の、息子の幼稚園の母仲間。 40代の頃の、近所のママ友。
ぜんぶ、もう10年以上、会っていない人たち。 年賀状のやりとりも、いつの間にか途絶えていた人たち。
なぜ、旅先で、こんなに昔の人を思い出すんだろう。
帰りの新幹線の中で、わたしは、不思議に思いました。
そして、3日後、わたしは思いきって、3人に手紙を書きました。
今日は、その旅と、3人を思い出した瞬間と、手紙の話を、書きたいと思います。
ひとり目: 桧枝岐の朝、温泉で
旅の2日目の朝、わたしは早起きして、お宿の温泉に入りました。
朝の6時、まだ他のお客さんは誰もいない、貸し切り状態の山の温泉。
お湯に肩までつかって、目の前の窓の向こうの紅葉を見ていたとき、ふっと、20代の頃の職場の同僚、純子さんのことを、思い出しました。
純子さんとは、25歳から28歳までの3年間、同じ会社の同じ部署で働いていました。 ふたりとも、まだ独身で、寮の隣の部屋に住んでいました。
ある夏、純子さんと、ふたりで、温泉旅行に行ったことがありました。 たしか、新潟の山の温泉でした。 朝、わたしと純子さんで、貸し切りの露天風呂に入って、お湯につかりながら、人生のいろんな話をしました。
「将来、結婚するかな」 「子どもは何人欲しい?」 「40代になったら、どんな大人になってるかな」
そんな、20代の若い夢を、話していました。
桧枝岐の温泉のお湯につかりながら、わたしは65歳。 40代どころか、もう、65歳。 純子さんも、たぶん、同じ65歳。
純子さんは、いま、どこで、どう過ごしているのだろう。
その瞬間が、すごく、温かいものとして、わたしの胸に届きました。
ふたり目: 雨の午後、お宿の窓辺で
旅の2日目の午後、急に雨が降ってきました。
夫は、お部屋でうたた寝。 わたしは、窓辺の椅子に座って、本を読んでいました。
ふと、本のページに、雨のしずくが、ぽつんと、落ちました。
窓を開けて、雨が入ってきていたのです。
「あら」
わたしが本を閉じて、窓を閉めようとした瞬間、なぜか、30代の頃の、息子の幼稚園の母仲間の、明子さんのことを、思い出しました。
明子さんとは、息子の幼稚園の3年間と、小学校1〜2年生の2年間、合計5年間、頻繁に会っていました。
ある日の雨の午後、明子さんと、わたしの家の窓辺で、お茶を飲みながら、こんな話をしました。
「うちの子、雨の日に外を見ながら、ぼんやりするのが好きなのよ」 「うちもそう。雨の日って、子どもも、なんか、おとなしくなるよね」
明子さんとは、子どもの話題を中心に、よく話しました。
その5年間が終わったら、息子が小学校3年生になって、明子さんの息子さんも違う進路に進んで、自然と、わたしたちのお付き合いも、終わりました。
それから30年。 わたしは65歳、明子さんも、同じくらいの年齢のはずです。
雨が窓を打つ音を聞きながら、わたしは、明子さんの声を、不思議と、はっきり、思い出しました。
3人目: 帰りの夜、駅のホームで
旅の最終日、桧枝岐の駅から、夜の電車で帰る途中、ホームで待っていたときのこと。
向かいのホームに、わたしと同じくらいの年齢のご夫婦が、立っていました。
そのご夫婦の奥さんが、ご主人と、笑い合っている姿が、ふっと、近所のママ友の、紀子さんに似ていたのです。
紀子さんは、息子が小学校から中学校までの間、わたしのいちばんの友達でした。 週に1度はお茶をして、息子たちの進路の話、ご主人の愚痴、わたしたち自身の老後の不安、ぜんぶ話していました。
ところが、紀子さんは、息子さんが大学に進学したとき、ご主人の転勤で、九州に引っ越してしまいました。
最初の数年は、年に1〜2回、電話で長話をしていました。 ですが、5年経ち、10年経ち、いつの間にか、年賀状だけのお付き合いに、変わっていました。
最後に紀子さんから年賀状が来たのは、3年前。 わたしも、その後、ちゃんとした年賀状を、出していませんでした。
ホームの向かいの、笑っているご夫婦を見ながら、わたしは、紀子さんのことを、深く、思い出しました。
旅は、忘れていた人を、思い出させてくれる
3日間で、3人の古い友達を、ふっと、思い出した。
帰りの電車の中で、わたしは考えました。
なぜ、旅先では、こんなに、昔の人を思い出すのだろう、と。
たぶん、こうだと、わたしは思っています。
日常の中では、わたしの頭は、いつも「今日の家事」「明日の予定」「今週の用事」で、いっぱいです。 過去のことを思い出す余裕が、ないのです。
旅は、その「今日」「明日」「今週」を、強制的に止めてくれます。 本を読む。お湯につかる。窓辺で雨を見る。ホームで電車を待つ。
何もしない時間に、頭の中の引き出しの奥から、ふっと、忘れていた人が、立ち上がってきます。
それは、誰かを意識して思い出すのではなく、頭が勝手に、思い出してくれるのです。
旅は、たぶん、わたしたちの「忘れていたものを、見せてくれる時間」なのです。
帰ってから、3人に手紙を書いた
旅から帰って3日後、わたしは、3人に手紙を書きました。
ぜんぶ、A4の便箋1枚ずつ。
書いた内容は、シンプルでした。
「お元気でしょうか。先日、桧枝岐に旅をして、温泉の朝に、ふっと、あなたのことを思い出しました。あの頃の温泉旅行、楽しかったですね。お返事は、書ける時で構いません。あなたの近況を、また聞かせてください」
純子さんへの手紙は、3年ぶり。 明子さんへの手紙は、たぶん20年ぶり。 紀子さんへの手紙は、3年ぶり。
3通とも、ポストに入れるとき、少し、ためらいました。
「もう、覚えていないかもしれない」 「迷惑かもしれない」 「返事が来なかったら、ちょっと悲しい」
ですが、出してみました。
返事が来た、来ない
2週間で、純子さんから、手紙が届きました。
A4の便箋2枚。 純子さんの、丁寧な字で、近況がぎっしり書かれていました。
ご主人を、5年前に亡くされていたこと。 いまは、ひとりで小さなアパートに住んでいること。 わたしの手紙が、本当にうれしかったこと。 来年、よかったら、お会いしませんか、ということ。
涙が出ました。
40年ぶりに、純子さんと、お会いする約束が、できそうです。
明子さんからも、3週間後に、年賀状の代わりのような、短いお返事が来ました。
「お手紙、ありがとう。元気でやってます。お会いするのは、ちょっと、今の状況だと難しいですが、お互い、これからも元気でいましょう」
それで、十分でした。 明子さんが、わたしのことを、いまも覚えていてくれた。 それだけで、十分だったのです。
紀子さんからは、お返事が、来ませんでした。
引っ越しされたのか、お元気でないのか、わたしの手紙が届いていないのか、分かりません。
少し、寂しいです。 ですが、わたしから「思い出していますよ」と伝えられたこと、それだけで、わたしの中の何かが、整いました。
旅が、人間関係をもう一度耕してくれる
65歳のわたしが、旅から帰って学んだのは、こうです。
旅は、忘れていた人を、思い出させてくれる。 そして、思い出した人に、手紙を書くと、半分くらいは、お返事が来る。 お返事が来た半分の人とは、もう一度、関係が始まる。 お返事が来なかった人にも、「思い出しています」が、こちらから、伝えられる。
これは、日常では、できないことです。
旅という、特別な時間が、わたしの中の人間関係を、もう一度、耕してくれるのです。
同じ年代の方へ
もし、いま、60代で、人間関係が薄くなったと感じている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことがあります。
近いうちに、夫婦か、お友達か、おひとりかで、3泊くらいの旅に出てみてください。
スマホは、できるだけ見ないでください。 本を持って、温泉に入って、窓辺で雨を見て、駅のホームで電車を待ってみてください。
3日間、何もしない時間に、頭の中から、忘れていた人が、ふっと、立ち上がってくると思います。
その人の顔が浮かんだら、帰ってから、手紙を書いてみてください。 ハガキでも、便箋1枚でも。
半分くらいは、返事が来ます。 半分は、来ません。
ですが、その「手紙を出した」事実が、あなたの中の人間関係を、ぐっと、温かいものに変えます。
少なくとも、わたしの65歳は、桧枝岐の旅と、3通の手紙で、ずいぶん、変わりました。
旅は、たぶん、人間関係の宝箱を、もう一度開けてくれる、お守りのようなものなのです。
この話を分かち合う