車で4時間の実家、月1で帰る老老介護見守り3年の記録
82歳の父が、85歳の母を介護しています。私は車で4時間離れた都市に住む長女。月1の帰省と、毎日の電話と、見守りアプリと、近所の方との連絡網。3年間続けてきた遠距離での見守りの、本当に役に立った5つの仕組みと、それでも避けられなかった2回の急ぎ帰省を記録します。
私の実家は、車で4時間かかります。
新幹線でも、最寄り駅から実家までのバスがなく、結局3時間半はかかります。
そこに、82歳の父と、85歳の母が、ふたりで暮らしています。
母は、3年前から認知症の初期と診断されています。料理はもうできず、買い物も忘れることが増えました。 父は、いまのところ自立していますが、心臓に持病があり、息切れが激しくなっています。
老老介護で、しかも遠距離で、子どもが見守る。
これが、いまの私の60代の、いちばん大きなテーマです。
3年間、なんとか続けてこられました。完璧ではありません。ヒヤッとしたことも、何度もあります。でも、3年前の私と、いまの私を比べたら、ずいぶん仕組みは整いました。
この記事で、本当に役に立った5つの仕組みと、避けられなかった2回の急ぎ帰省について、お伝えします。
仕組み① 月1の帰省を「曜日固定」で予約
最初の1年は、月1の帰省の日程が、毎月バラバラでした。
すると、こんなことが起きました。
- 父が「今月いつ来てくれるの?」と毎週電話で聞いてくる
- 私自身も予定が立てづらく、帰省の前日になって慌てる
- 母が、帰省の日を忘れて、玄関で待っていない
これを解決したのが、「曜日固定」でした。
私は、月の第2週の金曜日に出発し、土日を実家で過ごして、月曜日の朝に戻る、というパターンに決めました。
毎月、第2週の金曜日。
これを決めてから、父は予定を聞いてこなくなりました。母も、第2週が近づくと、「来週、由紀子が来るね」とカレンダーに〇をつけるようになりました。
新幹線の指定席も、3ヶ月前から予約できるので、いつも安い時間帯を取れます。
ささやかなことですが、この「曜日固定」が、遠距離介護の土台になりました。
仕組み② 見守りカメラとセンサーの「最小限導入」
3年前、見守りカメラを実家に入れるかどうか、ずいぶん悩みました。
母のプライバシーに踏み込むことになるからです。
結局、私は「最小限」だけ入れることにしました。
入れたのは、3つだけです。
- 玄関の人感センサー(誰かが出入りしたら、私のスマホに通知)
- リビングの温度センサー(室温が30度以上か10度以下になったら、私に通知)
- 母がよく座るソファのそばの、見守りカメラ1台(録画はせず、私が見たいときだけ映像を確認できる)
寝室にも、お風呂にも、トイレにも、カメラは入れませんでした。
これが、私と両親の納得点でした。
特に役に立ったのは、玄関の人感センサーです。 母が認知症で、深夜に「散歩に行く」と言って出かけてしまうことが、3年で2回ありました。1回目は、人感センサーで気づいた近所の方が捕まえてくれて、大事に至りませんでした。
仕組み③ 近所3軒の方との「連絡網」
これがいちばん、遠距離介護を支えてくれている仕組みです。
私は、実家のお隣2軒と、向かいのお宅の合計3軒に、私の携帯番号を渡しています。
最初に渡したときは、「何かあったときだけ、ご連絡ください」とお願いしました。
ところが、3年経って、3軒の方は、「何かあったときだけ」ではなく、自然と、こんな連絡をくれるようになりました。
- 「お母さん、今日もお散歩されてましたよ。元気そうでした」
- 「お父さん、今日は朝早くから新聞取りに出てましたね」
- 「最近、雨戸が朝閉まったままの日がありますよ。寝坊かしら」
これが、私の毎日の安心になりました。
3軒の方には、お盆と年末に、必ず手土産を持って、ご挨拶しています。
地域の方の見守りは、お金で買えない、いちばん大きな仕組みです。
仕組み④ ケアマネさん・かかりつけ医との「直LINE」
母の認知症の診断がついたあと、ケアマネジャーさんがつきました。
ケアマネさんに、私はこうお願いしました。
「私は遠方なので、何かあったとき、必ず電話かLINEで、私に直接ご連絡いただきたいのです」
ケアマネさんは、快く応じてくれました。
それから、母のかかりつけ医にも、「私が遠方の長女で、母の医療判断に関わりたいので、診察結果を共有していただきたい」と頼みました。
最初は「ご本人の同意があれば」と言われ、母から書面で同意をとって、お渡ししました。
いまは、月1回の母の診察のたびに、医院からFAXで、私の自宅に診察記録が送られてきます。
ケアマネさんとも、月1回のサービス担当者会議に、私はZoomで参加させてもらっています。
「遠方の家族」というだけで、情報共有が後回しになることが、よくあると聞きます。 ですが、こちらから「情報を共有してください」と明確に頼めば、ほとんどの専門職の方は、応えてくれます。
仕組み⑤ 父の「弱音」を聞くための、毎週の電話
最後の仕組みは、いちばん地味で、いちばん大事です。
私は、毎週水曜日の夜8時に、父に電話します。
水曜日なのは、父が必ず家にいる曜日だからです。 夜8時なのは、夕食後で、父の気持ちがいちばん落ち着いている時間だからです。
電話の中で、私は、3つだけ聞きます。
- お父さん、今週、体調はどう?
- お母さん、今週、変わったことなかった?
- お父さん、何か困ってない?
最後の「困ってない?」が、いちばん大事です。
最初の頃、父は「何もないよ」と言うばかりでした。
ですが、3ヶ月続けるうちに、父は少しずつ、弱音を吐くようになりました。
「実は、最近、お母さんが夜中に何度も起きて、俺もあまり眠れていない」 「お母さんが、俺のことを『この人、誰だっけ』と昨日言って、ちょっと参った」 「最近、ゴミ捨てが、つらい」
老老介護をしている親世代は、子どもに「迷惑をかけたくない」と思って、本当の困りごとを言わない方が多いです。
私は、父からこういう「困りごと」が出るのに、3ヶ月かかりました。
そして、その3ヶ月待ったことが、いま、いちばん効いています。
それでも避けられなかった、2回の急ぎ帰省
これだけ仕組みを作っていても、避けられないことはありました。
3年で2回、私は急ぎで実家に帰りました。
1回目は、母が骨折したときです。 朝、母が転んで腕を骨折して、救急車で運ばれました。父ひとりでは病院対応ができず、私が午前11時に連絡を受けて、午後5時には実家に着きました。
2回目は、父が心臓発作で入院したときです。 深夜に父が胸の痛みを訴え、救急車で搬送。私は翌朝の始発の新幹線で、急いで向かいました。
このとき、私が学んだのは、「いつでも数時間で動ける態勢」を、自分の暮らしの中に作っておくことの大事さでした。
具体的には、こうしました。
- 急ぎ帰省用の小さなボストンバッグを、玄関に常備(着替え、洗面用具、母の保険証コピー、現金3万円)
- 新幹線の時刻表アプリと、タクシー配車アプリを、必ずスマホに入れておく
- 夫に、私が急に出ても困らないように、冷凍食品を1週間分常備
- 私のかかりつけの内科医に、「親の介護で急に旅行することがあると、私の薬の手配を融通してほしい」と伝えてある
これだけ準備していると、緊急時の動きが速くなります。
そして、緊急時にも、「準備しておいた自分」が動いてくれるので、慌てふためかずに済みます。
月1で十分か、月2必要か、それは状況で決める
「月1の帰省で、本当に十分なんですか?」と、よく聞かれます。
正直に言うと、母の認知症がもう少し進んだら、月2に増やす予定です。
ケアマネさんとも、半年ごとに、「いまの帰省頻度で大丈夫か」を相談しています。
判断の目安は、3つです。
- 父の体調(父が母をひとりで見守れる体力があるか)
- 母の認知症の進行(週ごとに分かる変化があるか)
- 近所の方の連絡が増えているか(増えていたら、何かが変わっているサイン)
この3つで、月1が月2に、月2が「同居か施設か」に変わっていくはずです。
その都度、家族と、専門の方と、相談しながら、決めていきます。
「遠距離介護は無理」と思っている方へ
3年前、母の認知症が分かったとき、私は「遠距離介護は無理だ。実家に戻るか、両親をこっちに呼ぶか、しかない」と思いました。
ですが、3年たって、いまは、遠距離でも続けられる、と感じています。
ただし、それは、ひとりで頑張る形ではなく、たくさんの方の手を借りる形でした。
- ケアマネさん
- かかりつけ医
- 近所3軒の方
- 父自身
- 見守りカメラとセンサー
- 夫の理解
ぜんぶ揃って、初めて、月1の遠距離介護が成り立ちます。
ひとつでも欠けたら、たぶん、私は折れます。
逆に言うと、ここまで揃えれば、車で4時間の実家でも、なんとか見守りは続けられるということです。
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さいごに
遠距離介護は、心の中の「申し訳なさ」との戦いでもあります。
「もっと近くにいてあげられたら」 「月1じゃ、足りないんじゃないか」 「私のせいで、父に負担がかかっているんじゃないか」
3年経っても、こういう気持ちは消えません。
でも、いまは、こう思うようにしています。
「月1でも、3軒のご近所さんとケアマネさんと父とで、両親を見守れる仕組みは、ちゃんと動いている」
完璧でなくていいのです。
回り続ける仕組みを作ることが、遠距離介護の、いちばんのコツだと思います。
なお、地域や両親の状況によって、必要なサービスは大きく異なります。介護サービスの選択は、必ずケアマネジャーさんや地域包括支援センターにご相談ください。
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