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コラム

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義姉から年賀状をもらわなくなった年、わたしが気づいたこと

ヨバナシ編集部 読了 約5分

結婚して30年、毎年お正月に義姉から届いていた年賀状が、3年前から、ぱったり来なくなりました。なぜ来なくなったか、わたしの中で、3年かけて、ようやく答えが見えました。義姉との淡い関係が、わたしに教えてくれた、60代以降の親族とのつき合い方を、書きます。

結婚して30年、わたしは、義姉から、毎年お正月に、年賀状をもらっていました。

義姉は、わたしより7歳上で、72歳。 夫の姉、ということになります。

義姉とわたしは、特に親しい関係ではありませんでした。 お盆と正月の集まりで、年に2回顔を合わせる程度。

それでも、義姉からの年賀状は、30年、必ず、毎年1月3日頃に、わたしの家の郵便受けに、届いていました。

ところが、3年前のお正月、義姉からの年賀状が、来なくなりました。

最初は、たまたま遅れているのかしら、と思いました。

ですが、1月の終わりまで待っても、来ませんでした。

「もしかして、わたし、何か、義姉を怒らせたかしら」

3年前のあのお正月、わたしは、ぼんやりと、義姉の年賀状が消えた理由を、考えました。

そこから3年。

わたしの中で、ようやく、答えが見えてきました。

今日は、その3年の話と、わたしが学んだことを、書きたいと思います。

30年、義姉と何があったか

最初に、義姉とわたしの30年を、簡単に振り返ります。

結婚した最初の年から、わたしは義姉に年賀状を出していました。 義姉からも、必ず、お返事の年賀状が、届きました。

お盆と正月の集まりで、義姉と顔を合わせるとき、わたしたちは、当たり障りのない、表面的な会話を交わしました。

「お元気でしたか」 「お子さんは、お元気ですか」 「お疲れさまでした」

深い話は、ほとんどしたことが、ありません。

義姉が、わたしを嫌っていたわけではなく、わたしも、義姉を嫌っていたわけでは、ない。

ただ、わたしと義姉は、「家族の集まりで顔を合わせる、淡い関係の親族」、それだけでした。

それが30年、続いていたのです。

年賀状が来なかった、最初の年

3年前のお正月、年賀状が来なかったとき、わたしは、いくつかの可能性を、頭に浮かべました。

  • 義姉が、体調を崩されたか
  • 年賀状そのものを、やめられたか
  • わたしが、何か、義姉を怒らせる失礼を、したか
  • 引っ越されて、住所がわからなくなっているか

夫に、義姉の様子を、聞いてみました。

夫は、「特に、お姉ちゃんの体調が悪いとは、聞いてないけどな」と答えました。

それなら、わたしが何かしたのかしら、と、考えました。

前のお盆の集まりを、振り返ってみました。 特に、思い当たることは、ありませんでした。

3年前のあの1月、わたしは、ずっと、もやもやしていました。

2年目、わたしから出してみた

去年のお正月、わたしは、義姉に、年賀状を出してみました。

「お元気でしょうか。今年も、よろしくお願いいたします」

ただ、それだけの、シンプルな年賀状を、出しました。

義姉からの返事は、来ませんでした。

これで、わたしの中の、「義姉に何かしたかも」という気持ちが、ぐっと、重くなりました。

夫にも、こう話しました。

「あなた、お姉さんに、わたしのことで、何か聞いてみてくれない?」

夫は、義姉に電話してくれました。

夫が電話を切ったあと、こう教えてくれました。

「お姉ちゃんは、お前のこと、特に、何も思ってないって。ただ、もう、年賀状はやめた、って言ってた」

「義姉から、年賀状をやめた」のだ、と。

わたしのせいでも、誰のせいでもなく、義姉が、年賀状そのものを、やめたのです。

3年目、わたしも、ぼんやりと理解した

去年のお正月、夫から、義姉の本意を聞いて、わたしは、ようやく、理解しました。

ですが、なぜ、義姉が「年賀状をやめた」のか、まだ、ピンと、来ていませんでした。

3年目のお盆、義姉と、ふたりだけで、5分ほど、話す機会がありました。

別記事(孫の運動会、義姉夫婦と並んで座った日)に書いた、わたしと義姉の関係が変わった日、それより前のことです。

そのとき、義姉が、ぽつりと、こう話してくれました。

「あのね、由紀子さん。わたし、年賀状をぜんぶやめたのよ。70歳になって、もう、形だけの付き合いを、減らすことにしたの」

「形だけの付き合い」。

その言葉で、わたしの中の、3年間のもやもやが、ふっと、消えました。

義姉は、わたしを切ったわけでも、嫌ったわけでも、ありません。 ただ、「形だけの付き合い」を、自分の人生から、減らすことに、決めただけ。

そして、わたしたちの年賀状は、義姉にとって、「形だけの付き合い」だった、ということ。

これが、義姉の30年の、本音だったのです。

義姉の選択を、わたしも、受け止めることにした

正直に書くと、最初は、少し、寂しかったです。

30年、わたしと義姉が、「形だけ」だったのか。 ほかの親族と、義姉が、もっと深い関係を持っているのに、わたしには、形だけだったのか。

ですが、考えてみると、それは、わたしも、義姉も、同じだったのです。

わたしも、義姉に対して、「形だけ」の年賀状を、30年、出してきました。 そして、お盆と正月の集まりで、当たり障りのない、表面的な会話を、30年、続けてきました。

ふたりとも、お互いに「形だけ」を、30年、続けていたのです。

義姉は、70歳になって、その「形だけ」を、自分の意志で、やめた。 わたしは、その意志を、受け止める番に、なっただけ。

これは、悪いことでは、ありませんでした。

「形だけ」を続けるのも、しんどいです。 「形だけ」をやめるのは、たぶん、もっと勇気が要ります。

義姉が、その勇気を出してくれたのだと、いまは、思えています。

別記事に書いた、義姉との関係の変化

そのお盆の少し後、わたしの孫の小学校の運動会で、義姉と、もう一度、3時間並んで座る機会がありました(別記事)。

その3時間で、わたしと義姉は、30年で初めて、お互いの本音を、話せました。

義姉が、こう言ってくれました。

「ねえ、由紀子さん。これからね、お正月の集まりがなくなったでしょ。代わりに、年に1回、わたしと由紀子さんで、お茶しない?」

年賀状が消えた代わりに、年1回のお茶、という関係が、始まりました。

これは、わたしには、年賀状より、ずっと、深い関係です。

「形だけ」をやめた、その先に、ようやく、本当の関係が、始まったのです。

60代以降の、親族とのつき合い方

3年かけて、わたしが学んだのは、こうです。

60代以降、わたしたちは、自分の人生の中の「形だけ」のものを、ひとつずつ、見直す必要があるのかもしれません。

ぜんぶの親族と、ぜんぶの友人と、ぜんぶの近所と、「ちゃんとしたお付き合い」を続けるのは、もう、無理です。 体力にも、気力にも、限界があります。

ですから、ひとつずつ、見直す。

「形だけ」のお付き合いは、思いきって、やめる。 代わりに、本当に大事な、数人とのお付き合いを、深くする。

これが、60代以降の、人間関係の整理のかたち、です。

義姉が、わたしに教えてくれたのは、たぶん、そういうことでした。

同じように、年賀状が消えた方へ

もし、いま、親族の誰かから、年賀状が来なくなって、もやもやしている方がいらっしゃるなら、申し上げたいことが、ひとつあります。

それは、たぶん、あなたのせいでは、ありません。

相手が、70歳、80歳になって、「形だけ」のお付き合いを、自分の意志で、減らし始めた。 そういう可能性が、いちばん高いです。

寂しさを抱えるより、相手の選択を、受け止めてあげてください。

そして、もしご縁があれば、別の形(年1回のお茶、または、季節の手紙)で、関係を続けていく道も、あります。

わたしと義姉のように、年賀状が消えた先に、もっと深い関係が始まる、ということも、起きるのです。

70歳を超えた義姉から、わたしは、60代以降の、人間関係の整理のかたちを、教わりました。

これからわたしも、義姉に倣って、自分の人生の中の「形だけ」を、ひとつずつ、見直していきます。

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#60代 #義姉 #義妹