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60代で友達を1人作るのに、わたしは7回断られた話
60代になって友達がほしいと思い、半年で7回、誘いを断られました。同じ町内の方、読書会のお知り合い、義姉、夫の同僚の奥さん、保健センターで隣の席になった方。断られるたびに、わたしの中に芽生えた『もう年だから人と関わるのはやめよう』という気持ちを、最後にひっくり返してくれた、8回目の話です。
64歳のわたしは、半年で、7回、断られました。
何にかというと、「お茶しませんか」「ランチに行きませんか」というお誘いです。
「友達がほしい」と思って動き始めて、半年で、7人の方に「お茶しませんか」と声をかけました。
そのうち、7人全員に、断られたのです。
正直、書きながら、いまでも少し胸が痛みます。
ですが、この経験は、わたしに大事なことを教えてくれました。 そして、8回目に、初めて「いいですね」と言ってくれた方が、いま、わたしのいちばんの話し相手になっています。
今日は、この半年の「7回断られた」話を、正直にお伝えします。
1回目: 同じ町内のお隣の奥さん
最初に声をかけたのは、ご近所のお隣の奥さんでした。
わたしと同じくらいの年齢、奥さんも夫を亡くされて、ひとり暮らしです。 玄関先で会えば「こんにちは」と挨拶を交わす間柄でした。
ある日、勇気を出して、こう声をかけました。
「奥さん、今度、近所の喫茶店で、お茶しませんか」
奥さんは、にっこり笑って、こう答えました。
「ありがとうございます。でも、わたし、孫の世話で毎日忙しくて。また機会があったら、ぜひ」
「また機会があったら」は、社交辞令でした。 それから半年、お声がかかることはありませんでした。
最初の断りは、思っていたよりこたえました。 ご近所だから、断られたあとも顔を合わせるのが、少し気まずいのです。
2〜4回目: 図書館の読書会のお知り合い
別記事(60代で友達がほしいと思った日、わたしが行った3つの場所)に書きましたが、わたしは図書館の読書会に通い始めました。
そこで、3ヶ月かけて、6人の方と顔見知りになりました。
そのうちの3人の方に、わたしは順番に、「読書会のあとに、もう少しお話ししませんか」とお誘いしました。
3人とも、全員、断られました。
ひとり目は、「夫の食事の支度があるから、ちょっと」 ふたり目は、「いつも電車の時間が決まっているので、すみません」 3人目は、「あとで予定があるんです、ごめんなさい」
全員、丁寧に、優しく、断ってくれました。
ですが、断られた3人と、その後の読書会で顔を合わせるたびに、わたしは少し気まずく感じるようになりました。
「わたし、何か変だったのかな」 「自分から誘うのは、迷惑だったかな」
そう思って、わたしは、4回目の読書会には行きませんでした。
5回目: 義姉
5回目は、義姉です。
夫の姉で、わたしより5歳上、年齢は70歳。
義姉とは、結婚以来、それなりに仲良くやってきました。 たまに電話で話したり、お盆や正月にお会いする間柄でした。
ある日、義姉に電話で、こう言いました。
「お姉さん、わたし、いま、なんだか家にずっといて気が滅入っちゃって。近いうちに、ふたりでランチに行きませんか」
義姉は、しばらく考えてから、こう答えました。
「あら、由紀子さん。ありがとう。でも、義姉と義妹って、なんだか気を遣うじゃない?わたしは、由紀子さんとは家族の集まりで会うのが、ちょうどいいかな」
これは、5回目で、いちばんこたえました。
35年連れ添ってきた、家族の中の人にも、はっきり「ふたりでは会いたくない」と言われたのです。
その夜、わたしは久しぶりに、ふとんの中で泣きました。
6回目: 夫の同僚の奥さん
5回目で本当に折れかけたのですが、わたしはまだあきらめませんでした。
夫の昔の同僚の奥さんで、何度かパーティーで会ったことのある方に、思いきって連絡しました。
「以前、〇〇のパーティーでお会いした、〇〇の妻です。よかったら、近いうちにお茶でも、と思いまして」
返事は、3日後に来ました。
「お声がけ、ありがとうございます。ただ、わたし、新しいお付き合いを増やすのは、年齢的にもう少し控えていまして。本当にすみません」
これも、丁寧で、優しい断りでした。 でも、「新しいお付き合いを増やすのは、年齢的に」という言葉が、わたしの中に深く残りました。
「年齢的に、もう新しい関係は無理なのかな」 「わたしも、人にお声がけするのは、もうやめたほうがいいのかな」
そう思いました。
7回目: 保健センターで隣の席だった方
6回目のあと、わたしはお誘いを2ヶ月、お休みしました。
そして、市の保健センターで、骨密度測定の順番待ちで隣の席になった方と、雑談で意気投合したとき、7回目の勇気を出しました。
「もしよかったら、お電話番号、交換しませんか」
その方は、笑顔で、お電話番号を交換してくれました。
3日後、わたしはその方にショートメールを送りました。
「先日は楽しい時間をありがとうございました。よかったら近々、お茶でも」
返事は、来ませんでした。
1週間後、もう一度送りました。 やはり、返事は来ませんでした。
7回目は、断られたというより、無視された、という形でした。
これがいちばん、痛かったです。
7回断られた、わたしが思ったこと
7回の断りを通して、わたしの中に、こんな気持ちが芽生えていました。
「もう、自分から人を誘うのは、やめよう」 「年齢を重ねた人は、新しい関係を、本当は望んでいない」 「64歳の自分は、誰からも『一緒に過ごしたい』と思われない人間なのかもしれない」
最後の気持ちが、いちばんつらかったです。
夫には、何も言いませんでした。 夫に話すと、夫が哀れんでくれるのが、嫌だったのです。
3ヶ月、わたしは何も動きませんでした。 ただ、家で本を読んで、近所のカフェにひとりで通っていました。
8回目に、何が起きたか
8回目のお誘いは、わたしから動いたものでは、ありませんでした。
ある日、近所のカフェで、いつも見かける70代の女性が、わたしのテーブルの隣に座りました。
その日は、なぜか、その方が、わたしに話しかけてくれたのです。
「あなた、いつも水曜と金曜の朝に来てらっしゃるわよね」
ドキッとしました。 わたしは、その方を覚えていましたが、その方もわたしを覚えていたのです。
「あら、よくお気づきですね。わたしも、あなたが新聞をきれいに読まれているのを、いつも見てました」
その方は、にっこり笑って、こう言いました。
「もしよかったら、今度、隣の席で、お茶しませんか?」
そう、その方から、わたしに、お誘いがあったのです。
その方は、その日から、わたしのいちばんの話し相手になりました。
72歳のその方は、わたしのお茶友達の名前を、いまもよく口にする方です。
8回目で気づいたこと
その方とお茶をするようになって、わたしは気づきました。
7回断られたことは、わたしのせいでは、なかったのです。
7人の方たちは、それぞれに、いろんな事情があったのです。 孫の世話、夫の食事、年齢的な疲れ、家族のしがらみ、過去の人間関係でしんどかった経験。
「断り」は、わたしを拒絶したのではなく、「いま、その方が誰とも新しく関わる余裕がない」ということだったのです。
8回目に話しかけてくれた方は、「いま、新しい関わりを少しほしい」と思っていた方だったのです。
タイミングが、合っただけだったのです。
それから1年、お茶友達は2人になりました
8回目の方と、わたしは1年以上、お茶のお付き合いが続いています。
そして、その方の紹介で、もうひとり、お茶友達ができました。
64歳から65歳になって、わたしのお茶友達は、ふたりです。
7回断られた半年があってこそ、ふたりの大切さが、いまよくわかります。
60代で「断られた」あなたへ
もし、いま、これを読んでくださっている方が、「自分から人を誘ったけれど、断られた」経験があるなら、申し上げたいことがあります。
断りは、あなたを拒絶したものでは、ありません。
相手の事情、相手のタイミング、相手のキャパシティ。 それらが、たまたま、いま「ノー」だっただけです。
7回断られたわたしが、8回目に「いいですね」と言ってもらえました。 その8回目は、わたしから動いたのではなく、相手から動いてくれたものでした。
ということは、わたしが7回続けて動いたから、たぶん、わたしの「人と関わりたい」という空気が、近所のどこかに少しずつ染み出していたのかもしれません。
8回目が来るまで、動き続ける必要は、ないと思います。 ただ、「もう、人と関わるのはやめよう」とまでは、思わないでほしいのです。
人は、断られたあとに、ぱったり止まる必要は、ありません。
10回目、20回目、30回目に、「いいですね」と言ってくれる方が、まだいるかもしれないからです。
64歳のわたしも、半年で「もう、いいや」とほぼ思いかけたのです。 それでも続けて、いまふたりの友達がいます。
7回断られても、まだ大丈夫だと、書いておきたかったのです。
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