夫婦
夫の定年の日、私は正直『しまった』と思った
退職の花束を抱えて帰ってきた夫を、私は笑顔で迎えられなかった。三食昼寝付きの同居生活、一年目でわかった『距離』の大切さ。
夫が定年を迎えた日、玄関で花束を受け取りながら、私は心の中でこう呟きました。
「これから、毎日、ずっと、一緒なのか」
40年間、朝送り出して夕方まで自由だった私の時間が、その日から「共有」されることになったのです。
最初の一ヶ月、私は痩せた
「今日はどこ行くの?」が、ストレスに
買い物に行くたび、夫が玄関まで追いかけてきて聞くのです。「どこに行くの」「何時に帰るの」「ついて行こうか」。悪気はまったくない。むしろ親切。でも、私は息が詰まりました。
40年、その質問をされずに生きてきたのです。
昼ごはん問題
会社勤めの頃は、夫の昼食を作ることはありませんでした。私はパンでもお茶漬けでも済ませていた。でも、家にいる夫の前で、一人だけお茶漬けというわけにはいかない。毎日、二食分の献立を考えることが、こんなに重たいとは。
話し合いで決めた、三つのルール
三ヶ月目、私は夫にはっきり伝えました。このままでは、どちらかが倒れる、と。
ルール1:昼食は各自で
「冷蔵庫にあるものを、各自で」
最初、夫は戸惑っていました。でも、三日で卵焼きを覚え、一週間で野菜炒めを作れるようになりました。人は、必要に迫られれば動きます。
ルール2:週に二日、お互い『ひとり時間』
火曜と木曜は、私がいない日。夫は趣味の将棋教室、私は友人とランチ。物理的に離れる時間を、カレンダーに書き込みました。
ルール3:『どこ行くの』は禁句
代わりに「いってらっしゃい」「気をつけて」だけ。理由を聞かない、予定を詮索しない。これだけで、空気が変わりました。
一年たって、わかったこと
いま、夫婦関係は結婚当初より穏やかです。一緒にいる時間は減ったのに、会話は増えました。それぞれが外で違う空気を吸ってくるから、話すことがあるのです。
「ずっと一緒」が、愛ではない。
秘密会議のみなさんへ
- 定年は、夫婦関係の再設計のとき。 放っておけば、ぶつかります。
- 『昼食を作るのが当たりまえ』は、当たりまえではない。 伝えていい不満です。
- 物理的な距離は、心の距離を救います。 別行動は、仲が悪い証拠ではありません。
明日、夫はひとりで図書館に行くそうです。私はこの原稿を、静かな居間で書いています。
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